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【ショートショート】 春は、青かった

 私の春は、青かっただろうか?カフェの一席で、遠くない過去へと思いを馳せる。
 小説家を目指している私は、ある小説投稿サイトのコンテストに参加しようとしていた。指定されたテーマで小説を書くという、至ってシンプルなコンテスト。今回のテーマは、「青春の一ページ」。既に投稿されている、他のユーザーの作品をいくつか読んでみた。やはり、心を寄せていた相手に告白した瞬間や、部活の大会で優勝を決めるまでのストーリーなど、王道と言われるようなキラキラした作品が多いようだ。友達との勉強会や、帰り道での買い食いなど、何気ない日常を切り取っている作品も少なくない。いま、何気ないと言ったのは、世間一般の話である。私の学生生活を思い出してみても、そんなものは見当たらないのだ。私の学生時代は、平凡で、人目につかないものだった。幼いときから、自分から話しかけるのが苦手で、いつも自分の席で本を読んでいた。親友と呼べる人はいなかったし、イベントで主体となるタイプでもなかった。
 だけど、私だって女の子だ。同じクラスになった時から好きな男の子はいた。彼は私と正反対の性格で、容姿も私とは釣り合わないと思っていたから、遠くから眺めているだけで当然告白なんてできなかったけど。一度だけ、しようと思ったことはあるかな。恋愛漫画を読んで、「相手も自分と正反対の私が気になっている」というパターンを知った時だ。まあ、次の日には「ありえないな」と現実に戻ったわけだけど。
 青春。それは私には眩しくて、羨ましいものだ。
 しばらく頭を悩ませた末に、「キラキラ」路線、告白の瞬間を書くことに決めた。王道であれば、私も小説や漫画でいろいろと読んだことがある。それらの知識を駆使して書けば、なんとかなるだろう。意外と「何気ない日常」路線のほうが、リアルに体験していないと書けない気がしたのだ。私に豊かな想像力があれば話は別だが。
 結果から言うと、「キラキラ」路線も駄目だった。これまでに読んだ作品を参考に、告白の場面を描写してみたのだが、女の子の言葉が思い浮かばない。現実ならば、「ずっと好きでした」なんて言えたら十分だろう。しかし、小説ではそうはいかない。なんの個性もないものは、有力な作品たちに埋もれていくだけだ。心情だってそうだ。「同じ女の子なのだから想像できるだろう」という甘い考えは、すぐに叩き潰された。想像できるのは、告白前の希望と緊張なんていうありふれたものばかりだった。実際に相手と向き合ったときに何が見え、何を思うかは、それを実行できた人にしかわからない。

今回は無理かな……。次のコンテストにしようか……。

 私はほとんど諦めたような気持ちで、伸ばしていた背中を椅子にもたれさせ、息を吐いた。ストレッチをしながら、少し店内を見まわしていると、学生服を着た男の子四人組が入ってきた。学校帰りに寄ったのだろう。席について注文後、楽しそうにお喋りしている。ああ、あれが青春なんだなあ、と微笑みそうになり慌てて顔に力を入れる。恥を覚悟でインタビューでもしてやろうか。なんてできもしないことを考えていると、店員が飲み物を運んで行き、男の子たちがこちら側を向いたので、すぐに視線を外し机のコーヒーに手を伸ばす。不自然なほど一点を凝視しながらコーヒーを飲んでいると、視界の端ですっと黒い影が止まった。カフェの前を通りかかった女の子が、ふと立ち止まって店内を見ている。清楚でおとなしそうな女の子。その視線の先には……あの四人組。そうか、あの制服、同級生か。再び目をやった時には、彼女は既に歩きだしていた。四人を見ていた彼女の顔、少し俯いて歩いていくその後ろ姿、それらに私はどこか懐かしさを感じた。
 その後もしばらく四人組を眺めていたが、先ほどの女の子のことが忘れられなかった。あの四人の中に、好きな人がいるのかな。あの時の彼女の目、雰囲気、当時の私と同じ感じだ。青春だなあ。私はふと思った。と同時にはっとした。

 これも青春なんだ。

 キラキラしたものや、楽しい日常ばかりが青春じゃない。人と馴染めない自分をどこかで恨んでいたり、自分に自信を持てず勇気が出せなかったり。そんな悶々とした日々だって、「青春の一ページ」なんだ。

 書こう。私の青春を。王道じゃなくたっていい。キラキラしてなくていい。

 私は椅子に座り直し、再び背筋を伸ばした。
 新しくストーリーを書き始めてからは、面白いほどに筆が進んだ。私が選んだのは、恋愛漫画に感化された翌日、現実を思い出し諦めたあの日。
 夜に見た、彼と手を繋ぎ歩く夢。目が覚めてからもしばらく続いた胸の高鳴り。わずかな期待を胸に抱いた通学路。徐々に取り戻す冷静さ。席について完全に思い知る現実。ああ、私にはできない。いつも通りの、何ひとつ変わらない一日。本を読みながらちらりと彼を見るが、彼の意識に私はいない。本の内容が入ってこない。今ここで目が合えば、何かが動くかもしれない。何度か彼に目をやったが、私の願いは叶わなかった。遠い。これが現実。
 皮肉なことだ。リアルな体験であるが故に、鮮明に情景や心情が思い浮かんだ。書いていて苦しくなるほどだった。あの時、彼を呼び出して気持ちを伝えていたら、どうなっていたのかな。彼の意識には、本当に私はいなかったのかな。今更になって、胸の奥から後悔の念が湧き上がってくる。だけど、これは過去だ。そしてこれが私の青春だ。
 ひたすら筆を走らせ、完成後に読み返してみると、現実を見た学生の憂鬱な話が出来上がっていた。しかし、私はそれを躊躇うことなくサイトに投稿した。躊躇してしまえば、私の過去が青春でないことを証明することになる。あれは確かに私の青春だった。私の春も、青かった。今ならそう言い切れる。私は小説を書き上げた達成感と、自身の青春を自覚した感動に浸りながら、それを気づかせてくれた学生たちにひたすら感謝の念を送った。
 今回の作品は、コンテストで選ばれないかもしれない。選考委員が求めているのは、誰もが抱く理想の「キラキラ」なのかもしれない。それでもいい。こんなことを言ったら駄目かもしれないけれど。これをサイトに投稿したことで、誰かに見てもらえることが嬉しい。今の私の願いは、コンテストで選ばれることからは少しずれている。まあ、選ばれたらより早く叶うのだが。私と同じような気持ちを抱いている人、あるいは抱いていた人、そして青春を自覚できていない人たちに、この思いが届くことだ。もちろん、あの女の子にも。

あなたの春も、青いのだ。

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