人生ルネッサンス in イタリア|第一話
75歳で「イタリアを一周したい」と言った男
「イタリアを、車で一周したいんだ。」
75歳の建築屋兼彫刻屋が、そう言った。
ツアーではなく、行き当たりばったりで。
自分で車を運転し、小さな村を回りながら、気に入ったら泊まる。
暮らすように、3ヶ月かけて。
その目は冗談ではなかった。
若い人の憧れとは違い、
長い時間をかけて熟成させた人の目だ。
自分が築き上げた人生の、その先に向かう深い目だった。
若い頃、師匠がイタリアから送ってきたワークブーツが、自分の皮膚のようにフィットしたその感動が、ずっと心のどこかに残っていたという。
けれど男は、すぐには行かなかった。
理由はただ一つ。
「後悔する旅にしたくなかったから。」
長年、信頼を築いた職人たちと素晴らしいクライアントに恵まれ、
建築家として、彫刻家として仕事をやり切る。
困らないだけのお金を貯め、体力があるうちに、本当に納得できる形で行く。
夢を、急がなかったのだ。
突然男を紹介された私は、イタリアに16年暮らした経験がある。
現地の友人も各地にいる。
日本では目をつぶって歩けないが、イタリアでは困らない。
「観光ではなく、暮らすように回りたいんだよ。」
男のその言葉に、私は静かにうなずいた。
私にならできる。
けれど
他人との3ヶ月という時間は、理想だけでは乗り切れない。
準備も覚悟も、両方いる。
それでも私は伴走を引き受けた。
75歳まで温め続けた夢を、
本当に叶えたいと思ったからだ。
しかし、初めての国での運転は
道に迷い、たくさん失敗した。
自信のある運転を、まさか助手席に乗った私から怒られるとは思っていなかった。
「怖いと思われる運転をしないでください!」
私に図星を言われて腹を立てながらも、
男は少しずつ 上手く運転出来ない自分を受け入れていった。
その変化を横で感じながら、
たくさんの会話の中で
何度言っても出来ない理由が男にはある と気付いてから
私自身もまた、そのままを受け入れて
変わっていった。
そうだ、男はいつも一人だったのだ。
あの日のひと言から、
3ヶ月のイタリア一周伴走旅が始まった。
〜第二話では、選ばれるための“嘘”が明らかになります。〜
