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未熟なまま進む、私の選択と記録





自己紹介とやっていきたいこと

初めまして、私は「萬年友香」と言います。
4年間保育者として働き続けて、結婚をし、今は心機一転、Webデザイナーとしての新しい道を歩み始めています。

好きなことは、YouTubeでお気に入りチャンネルの動画を見ることと、好きな人と一緒に過ごすこと。
旦那の影響で犬のことが好きになり、いつか犬を家族として迎え入れてみたいなんて考えています。
子どもも大好きなので、自分がおばあちゃんになったら、旦那・子ども・孫・愛犬に囲まれながら愛にあふれた生活を送りたいと夢見ている、一般的な主婦です。

このアカウントでは、そんな私の思考や感情を言葉に残していきます。
躓いた経験も暗い気持ちも揺れた心も、、、。
今まで感じてきた思いを改めて文字にして拾い集めます。
大切な経験を忘れないように。今の私が前を向けるように。
無意識的に完璧であることに縛られていた私が、自分の「未熟」を受け入れて進めるように、その足取りをここに記録として残していきたいと思っています。

もし、昔の私や今の私のように、自分の選択に悩んでいたり苦しい思いに蓋をしていて疲れていたり未来に希望を持つことが難しいと思っていたりする人がいたら、ぜひ、私の記事を読んでみてほしいです。
私が綴る文章の先はそれぞれ一人ひとり異なる解釈が生まれると思います。
どんな感情も、どんな言葉も、私は正解だと思っています。
私の記事が悩むあなたの背中をそっと支えるものになれたら、これ以上嬉しいことはありません。

最初の投稿として書き記すことは、今振り返ったときに、「私、ちょっとまずいかもしれない」と思った瞬間のエピソードにしました。
今私が揺れているきっかけを考え始めた時に、結びついたエピソードです。
気になった人は続きも読んでくれると嬉しいです。


疑いもしなかった「天職」

私は、幼い頃から保育者になることを疑ったことがありませんでした。

年長の頃の担任の先生に憧れ、「自分は幼稚園の先生になる」と自然に思っていました。
大学も保育を学べる学部を選び、将来は子どもたちと関わる仕事に就く。
その未来は夢というより、既に決まっている道のようなものでした。

保育者は、私にとって天職でした。
そう信じて疑いませんでした。

辛いことがあっても、そのレールの上で乗り越え、成長していくものだと思っていました。
天職から外れる未来など、想像もしていませんでした。


レールのない社会人一年目

けれど、社会人一年目。
私は初めて、大きくつまずきました。

そこには、学生の頃のような「守られる立場」はありませんでした。
目の前の出来事に対して、自分の責任で判断を下すことが求められる毎日。周りには経験豊富な先輩方がいて、同時期に入社した同期もどこか成熟して見えました。

課題をこなせば進めるレールはありません。
正解も、明確な評価基準もありません。

わからないことを自分から聞きにいかなければ、疑問は溜まっていく。
けれど忙しい現場の中で、声をかけるタイミングを見つけることさえ難しい。

理想と現実のギャップに、私は少しずつ苦しくなっていきました。


弱さに蓋をした一年

それでも、「天職なのだから乗り越えられるはずだ」と思っていました。

苦しさはすべて成長の糧になる。
踏みとどまることこそ正解だと、信じていました。

だから私は、自分の苦しさに蓋をしました。
顔には見えないお面をつけて、周囲に伝わらないように働き続けました。

理想とのギャップに悩み始めた自分を、「なんて弱いんだろう」と責めました。
天職で苦しむ自分は、どこか間違っているように思えたからです。

でも、心は確実に削れていきました。


退職という選択と、揺れる感情

最終的に私は、新卒で入社した憧れのこども園を一年で退職しました。

あのときの感情は、一言では言い表せません。
悔しさも、安堵も、敗北感も、怖さも、申し訳なさも、空白も、ほっとした気持ちも、情けなさも――すべてが混ざり合っていました。

「それは逃げなのではないか」と言われたこともあります。
社会人は苦しくて当たり前で、踏みとどまってこそ成長するのだと。

私自身もそう思っていました。
どんなに暗くても、もがくことが正解だと信じていました。

けれどあるとき、「心を守るための戦略的撤退もある」と言われました。
その言葉で、少しだけ肩の力が抜けました。

辞めるという選択を、負けや逃げとしてではなく、新しい環境を探すための行動として捉えてもいいのだと、初めて思えました。


未熟なまま進む、ということ

今振り返ると、あの退職は必要な決断だったと思っています。

あのときの私は未熟でした。
でも、未熟だったからこそ、あの選択をしたのだと思います。
もしあのまま、自分の心を無視し続けていたら。
私はきっと、「強くなる」前に壊れていたかもしれません。

昔の自分ごと受け入れてあげたい。
迷っていたこと全てが私をつくっていて、一つひとつの感情が大切なものなのだと抱きしめてあげたい。
そして、自分が弱いことや未熟であることを認めて、受け入れながら成長をしたい。
それが、今の私が考える「未熟なまま進む」ということだと考えています。


最後に

このアカウントは、あのとき受け止められなかった「未熟な自分」を、少しずつ抱きしめていく場所です。
未熟さに気づかないまま進んできた私が、立ち止まり、考え、選び直す。
その思考の過程を書き残していきます。

同じように、選択に迷い、弱さに戸惑いながらも進もうとしている人と出会えたら嬉しいです。

未熟なままでも、進んでいい。
そう思える人が、ひとりでも増えたらいいなと思っています。








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