意識と時間についての哲学的??考察{コンセプチュアル・アート}
私は未来を創造しづらい人の部分があります。
そこで、過去を思い出し、それに対して
未来をバランスとして想像したらやりやすいのではないかと
ふと、思いました。

過去50年なら、未来50年、
過去30年なら、未来30年というように
比例させることで創造できるのではと
ふと思いました。
この時、
お互いに未来と過去は反映する、
循環関係にあるというイメージです。
そして、この図は
未来と過去があり、
現在とはその一瞬のはざまである
というとらえ方でもあります。
これに対して、以下は
現在だけがあるという、
現在だけが継続してあるととらえた時に
図式です。

この場合は
現在とは
今、ある物に(存在)、
今、できる事をする(行為)
という事ではないかと思いました。
そして、過去、未来に
この行為と存在について考えた時に、
願望というのもあるのではないかと、
以下の図を作りながら思いました。

上記の様に
過去・現在・未来の中では、
願望・物質(存在)・行為によって、
・やりたい事、やりたかった事、
・やる事、やった事、
・あるだろう物、あった物
と6つに分けて、バランスを取って
自分の未来や過去を考えることで、
バランスの取れた現在の人生を獲得できるのではないかと
思いました。
つまり、過去と未来を比重的にバランスさせることで、
中心の現在で意識が安定するのではないかと思ったのです。
人の意識というのは、
物質現実的には現実の現在に拘束されますが、
人の意識は過去にこだわって、過去に居続けたり、
未来に意識を集中させて、
そちらを何処か感じたりすることが出来る部分があると思われます。
(意識フォーカスの時間的移動や転移)


これらは何が言いたいかというと、
物質現在においては
時間は現在の幅の中で収められるが、
人の精神や心はその現在を越えて、
過去にも未来にも意識を拡張するだけの幅(伸縮性)を
そもそも持っているという事のように感じています。
これは良い点も悪い点もあるとは思いますが、、、。

上記図は
一般的な潜在意識や無意識についての図のイメージと
過去や未来という時間軸上の意識の可変性を
合わせたような図です。
下に行くにしたがって集合的無意識と重なるゾーンになり、
上部の物質的時間が瞬間の今なのに対して、
下部が時間的には永遠になっていくイメージでしょうか。
こんな事を最近は考えました。
意識と時間などについての
コンセプチュアルアートでした。
参考になるところがあれば、幸いです。
ありがとうございます!
