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国際恋愛から国際結婚への厳しさを思い知る

2020年のコロナ禍にBumbleで出会った彼(イギリス人)と遠距離含め5年数ヶ月の交際を経て、数日前に別れた。

約4年間は遠距離で特に大きな喧嘩もなく、2026年は遠距離を卒業して一緒に住みたいねと話していたタイミングだった。

遠距離の前提として、いつ遠距離を終わらせるのか、どこで一緒に住むのかを決めておくのが要なのは承知で、私がイギリスに住めば良いよね。とこれまで話し合ってきた。と言うか、話し合えてたつもりだった。

その心持ちでイギリスには4年間のうち20回以上は訪れていた。当時筆者は国際線のCAとして海外に住んでおり、社割で比較的安く航空券を購入することが出来た。

遠距離恋愛を成り立たせるために、何よりも、いつか住むであろうイギリスを好きになりたくて、イギリスで幸せに過ごせる自信を持ちたくて、様々な街に行った。
ロンドンをはじめ、ヨーク、バーミンガム、リッチモンド、ボーンマス、ノッティンガム、ノーリッジ、マンチェスター。

空港で彼と離れるのが寂しくて、いつも飛行機の中で涙を堪えていた。

でも、「この国にまた来たい」と直感的に思えたことは最後まで無かった。本当に一度も思えなかったし愛着が持てなかった。この違和感が消えなかった事実に気づき始めていたけど、根性と努力で何とか出来ると信じたくて見ないふりをしていたように思う。

結果的にこの直感は当たっていて、5年弱付き合った彼との別れを選ぶ一番の要因になった。



筆者について少し補足すると、物心ついた頃には抑うつ気味の性質があり、中学時代から20歳頃まで摂食障害や希死念慮という状態に当てはまる時期を度々過ごしていた。

いま思えばそんな筆者にイギリスの鬱屈な気候は非常に相性が悪かったのだと思う。


いつ訪れてもほぼほぼ曇りだし、ちらっと見えた太陽はあっという間に分厚い雲に隠れて、束の間の日光浴の直後に雨。晴れのち曇り、曇りのち晴れ、いややっぱり曇り、そして雪。

5年数ヶ月付き合っていたけれど、上記の天気がデフォルトだと身をもって体感したのは今年の上旬。今更といえばそれまでだけれど、身を持って自分には合っていないことを気付けて良かったと思っている。

今までのイギリス滞在は長くて1週間ほど。当時住んでいた国は太陽サンサンで帰国してしまえばイギリスの鬱屈さなんて一瞬で忘れることができていた。

でも今年初めてイギリスで1ヶ月間過ごし、精神に受ける影響の大きさを痛感することになった。「天気ごとき」とあしらっていた環境的要因に過敏に反応してしまう繊細すぎる自分に心底嫌気が差した上に、既に低かった自己肯定感がより低くなった。

なんだか、すごく居心地が悪い。

ふと思ってしまった。


HSP、アダルトチルドレン、抑うつ、気にしい
ネガティブ思考に引っ張られやすい性格
極め付けは今までで一番顕著に症状が出ているうつ病
それらからくる悲観的視点と思想


あれ?私この国の人全員に嫌われてる?この小娘なんでここいるの?とか思われてる?

勝手な脳内変換に悩まされた挙句、人と視線が怖くて英語を話すのも怖くて、スーパーやカフェにひとりで行くことが出来なかった。

こんな風に自信がなくなったり自分の性格も分からなくなっていく日々、それでもこの国に住むのは何のためかと自問自答する日々が続いた。


彼は「君がイギリスを好きになれるか分からないけど、ここに住めると思えるまでYMSで慣れていけばいい。2年後に結婚して配偶者VISAに切り替えれば良いよね。YMSと配偶者VISAに掛かるお金は払うから大丈夫だよ。」というスタンスではあったし口にはしていた。しかし実際に腰を据えて話していくと、YMSと配偶者VISAに掛かる金額やプロセスは恐らく詳しく調べておらず、今後必要な資金調達に向けた貯金や人生計画を現実的に考えたことはなかったように思う。

大好きだから、一緒にいたいから、愛があるから大丈夫。

私はそう思えるほど、若くはなくなっていた。
回避可能な予測でき得るリスクを無視してまで、愛にしがみ付くことは出来なかった。

母国を離れて暮らしを始める。それは人生をかけた計画だ。そんなイギリス移住を真剣に検討していたからこそ生まれていった様々な懸念と不安。

日本に残す母のこと、家族を作るなら子供のこと、子供の教育のこと、老後の生活やいずれ入るお墓のこと、それらに掛かるお金のこと。

対して彼の根拠のない楽観思考、現実離れした諸々の発言は不安を増長させる新たな材料になってしまった。

せめてどーんと

「一生幸せにするから結婚して欲しい」

キラキラの指輪パッカーン!

そんな漢気を見せてくれていたなら
私はきっとプロポーズされたかったのだと思う。
俺についてこいよ!って言って欲しかったのだと思う。
目に見える約束が欲しかったのだと思う。

それさえあれば
私はきっと、腹を括っていたかもしれない。
少なくともまだ、彼の覚悟を無駄にはしまいと奮闘していたと思う。

そんな憧れは憧れのまま幕を閉じ、この人とVISAや永住権について今後話し合えるのか、異国の地でともに子育てできるのか、人生をかけた様々な決断を共に背負って生きていけるのか。

分からなくなってしまった。

相手からのGOを待ち過ぎたのかもしれない。

数年前の怖いもの知らずの私なら、悲観的になる前にワクワクしていたかもしれない。


国際恋愛は楽しい。これは断言できる。

でも国際結婚は全くの別物で、恋愛の延長線に自然と存在するものではなかった。双方のたくさんの努力と責任と信頼の上にやっと成り立つものなのだ。そうでなければ泥舟に乗ることと変わらないのではないだろうか。

国際結婚で相手の国に移住した方々は本当に強く逞しいと思う。

今の私にはその選択は出来なくなってしまった。逞しく生きていける自信を失ってしまった。1人で家から出られずスーパーにも行けず、惨めだと悲観する未来しか見えなくなってしまった。

いつか、ワーホリ に行っていた時の、何事にもがむしゃらに果敢に挑んでいたあの頃の自分のようにエネルギッシュに過ごせる日は来るのだろうか。

今は自分と向き合って、何がしたいのか、どんな生活がしたいのかを明確にしていきつつ、うつとの上手い関わり方を見つけたいと思う。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

別れて心が痛む同志がいましたら、ここに全力のあったかいハグを送らせていただきます。

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