「結婚しない」と手紙に綴った私の、結婚式の思い出
お父さんお母さん、
ここまで育てていただきありがとうございます。
無事に二十歳となり、成人することができました。
なお、おそらく私は結婚しません。
大抵の人は結婚式の場で、育ててくれたお礼の手紙を、両親に読んで送るのでしょうが、私は結婚しないのでそういう機会は今後来なさそうです。
よって、今日この日にお礼の手紙を送ります。ありがとうございます。
成人式の日に両親へ送った手紙の内容を、私は今でも覚えている。いや、正確には、これだけしか覚えていないのだけれど。(充分じゃないか?)
めでたい日に「結婚しない」と記す。今思えば、ずいぶん尖った二十歳だったと思う。でも、それが確かに当時の私だった。あの頃の私にとって、自分が家庭を持つ未来なんて、遥か遠い異国の出来事のように思えていた。
そんな私も、あれから20年が経ち、ユニークな夫と結婚し、今や9歳の娘を育てている。人生とは、なんと予測のつかないものだろう。
今回は、そんな「結婚しない」と手紙に綴った私の、結婚式の思い出について書こうと思う。
記事の中に出てくる写真は、結婚式の会場となった京都にある今宮神社の景色や結婚式の風景である。記念として、思い出話とともに掲載していく。



思いがけず見つけた動画。タイトルは【2016年3月結婚式@今宮神社】
ある日、ハードディスクの写真フォルダを整理していたときのことだった。
いつもは接続すらしない、昔使っていた外付けの記憶媒体の奥深くまで沈んでいくと、ある動画データの存在に気づいた。
そこにあったのは、すっかり存在を忘れていた一本の動画。データのタイトルは【2016年3月結婚式@今宮神社】。
少し緊張しながら、動画データをクリックすると、綺麗な風景写真と共にBENIの『永遠』が静かに流れ出した。その透き通るような歌声が、パソコンのスピーカー越しにまっすぐ心に届く。
封印されていたあの日の光景が、まるで魔法にかけられたように鮮やかに蘇っていった。


決意のその先に待っていたもの
冒頭にも書いた通り、私は自分が結婚することはないと思っていた。家庭を持つことに対する、名前のつけられない漠然とした不安が胸の奥にあった。
それでも2014年、私は入籍した。ユニークな夫と。
ただ、入籍はしたものの、【結婚式を挙げる】予定はゼロだった。いや、夫の気持ちまで考慮すると、むしろマイナスだった。
夫は、親族との関係が(心理的に)疎遠で「自分の結婚式には、親族誰も来てくれないかもしれない」という不安を抱えており、結婚式に消極的だった。
私も、最初は「ウエディングドレスとか柄じゃない」と、夫寄りの考えを示していた。
昔ながらの母には「入籍して、式をあげないなんて信じられない」と、優しさと履き違えた嫌味を言われたが、それも毎回受け流していた。
夫と私、当事者である2人の中で、【結婚式はしない】というスタンスに落ち着こうとしていた時、私の妊娠が分かり、考えが変わった。
子どもが産まれれば、3人での生活が始まっていく。その前に2人でこれから共に生きていくことに対して、誓いとけじめをつけよう。
夫と私、結婚式を挙げる決意を固めた。
そして、式は京都の神社でおこなうことにした。京都なら、私の親族が集まりやすい。夫も「自分の親族が来ないのは遠いからだ。仕方がない」と気が楽になるかもしれない。そう思った。
私の親族しか来ないので、10人に満たないこじんまりとした式になる。神社での神前式の後、ホテルに移動して、個室でみんなで会食して団らんする。そんなアットホームな式にしようと決めた。
結婚式を挙げることが決まった。あとは進むだけだ。私は、最難関と思われた【夫の説得】を突破したことで、結婚式を挙げることへの不安はもうないと思っていた。
しかし、現実はそんなに甘くはなかった。

涙と決意の準備期間
こじんまりとした親族中心の式になる、だからこそ一つひとつの準備に心を込めた。
妊娠中の体に鞭打ちながら、昼は仕事、夜は式の準備に追われる日々。
テーブル装飾用の造花を両手に抱えて帰宅して、つわりと戦いながら名札や冊子を手作りする。引き出物も参加者一人ひとりにあわせたものを準備した。
思い通りにいかない身体への苛立ちと、容赦なく迫ってくる日程への焦り。涙を流す夜もあったが、それでも、私の心の中には変わらない想いがあった。
「結婚式の日を、笑顔で迎えたい」。
その一心で、すべてを乗り越えようとしていた。
選んだ場所は私のお気に入りスポット
式を挙げる場所は、京都の今宮神社。
そこまで、有名な神社ではないかも知れないけど、逆にそれがよくて、学生時代は私のお気に入りスポットでもあった。
朱色に染まった美しい門と、境内に漂う凛とした静寂。
「京都の神社で式を挙げるとしたら、あの神社がいいな」と自然に思えた。



あの日の記憶、色とりどりの瞬間
式の当日は、早春の名残で、空気がまだ肌寒く、境内の木々は硬いつぼみをつけたままだった。それでも陽の光はやわらかく、どこか希望に満ちた輝きを放っていた。

婚礼衣装の布地のしっとりとした手触り。足袋越しに伝わってくる石畳の冷たさ。風に舞う花びらの香り。五感すべてに刻まれたその瞬間の記憶は、9年経った今でも驚くほど鮮やかに蘇ってくる。


懸念されていた夫の親族だが、蓋を開けてみると、ほぼ全員が京都まで駆けつけてくれた。夫は、たくさんの親族の笑顔に囲まれて、目に涙を浮かべていた。
その姿を見た瞬間、「この式を挙げて、本当によかった。」心の底からそう思えた。
それに京都で式を挙げたことの恩恵として、嬉しいサプライズもあった。
大学時代の友人たちがわざわざ今宮神社に集まってくれたのだ。
朱色の門の向こうから、見覚えのある友人たちの姿が見えたときの驚きと感動。サプライズで駆けつけてくれた彼女らの「おめでとう」という声が、春の風に乗って耳に届いたとき、胸の奥がじんと熱くなった。
それに、ホテルの会食の場には会社の先輩からの祝いの電報のクマのぬいぐるみがそっと置かれていた。会場のことを伝えたかどうかもあやふやで、先輩のシゴデキぶりに驚いたことも覚えている。
当初想定していた人数の倍以上の参加者によるホテルでの会食は、夫と私、2つの家族を結びつけるには、充分な時間と場所だった。大人たちが団らんし、子どもたちが、会場内を走り回る。
たくさんの笑顔と、包み込むような温かい空気に満たされた光景。準備期間の苦労も、不安も、その光景を見たら、すべてが報われたような気がした。
母は当初、格式のある式場での挙式や華やかな披露宴にこだわっていたけれど、式が終わった後、私に近づいてきて「結婚式を開いてくれて、その姿を見せてくれてありがとう」と、静かに、しかし心のこもった言葉をかけてくれた。母もこの結婚式に満足したようだった。


届けるのは、記録だけではなく感謝
帰宅後、私はウェディングムービー作りに没頭した。BENIの『永遠』に合わせて、画像一枚一枚に想いを込める。残したかったのは、式の記録ではなく、その日に感じた感謝の気持ちだった。
けれど、すぐに娘の出産が控えていた(2016年6月)こともあり、完成した動画をその後何度も見返すことはなかった。(完成品はもちろん両親たちにも渡しはしたけれど。)
娘の誕生を経て、動画の存在は次第に日常の中に埋もれていった。
そして今、9年ぶりに再生した映像に、私は涙を流している。
笑顔の私、照れる夫、拍手を送る親族たち。
次々と紡がれていく映像の中には、今はもう失明し歩けなくなった父や他界した叔母の優しい笑顔も映っていた。
懐かしさとともに、胸の奥が締め付けられるようだった。



帰る場所の意味、そして今という時間
「この場所に帰りたいな」
ふと、そんな想いが心の底から湧き上がってきた。
でも、あの頃の私が今の私をつくってくれたように、過去は未来へ続く道の途中なのだと思う。
懐かしさに涙する今を、大事にしたいと思った。
そうだ。
照れくさいけど、9歳になった娘にこの動画を見せよう。
「あなたもここにいたんだよ」と伝え、こんな約束もしてみよう。
「今度、一緒にこの神社にお礼参りに行こう」
そして、朱色の門の前で、今度は夫と娘3人で写真を撮ろう。
9年前とは違う家族の形で、でも変わらない想いを込めて。

なお、結婚式はしましたが、披露宴をしなかったので、両親への手紙は当日読むことはありませんでした。
#なんのはなしですか
ウェディングムービーに利用した曲:BENI『永遠』
ウェディングムービーを作るとき、たくさんの曲の中から迷わず選んだのが、BENIの『永遠』でした。
美しく、あたたかく、私たちの想いにぴったり寄り添ってくれる一曲です。ぜひ一度聴いてみてください。
歌詞の中には、今回の文章にこっそり織り込んだフレーズもあります。気づいていただけたら嬉しいです。
結婚式をした京都の今宮神社もご紹介
この神社は私のイチオシです。
当時は穴場スポットでしたが、昨今のインバウンドでどうなっているでしょうか。
あぁ、また行きたいな。
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