仕事の合間に家事をやるのか?家事の合間に仕事をやるのか?
何かやるなら「ちゃんと」やりたい。
家事は「ちゃんと」やりたかった。
ママ友と「上手に」付き合いたかった。
子育てするなら「いい子」を育てたかった。
これが10年くらい前の私。
あーもうね、これ全部無理。無理無理無理。無理だから。
なのにやろうとしてしまう。
そんな私もかわいいよね、ってのが今日のお話。
どこまでもどこまでも、完璧を目指したかった
そんなに能力が高くないくせに、負けず嫌いだから大変。
昔から何かを始めようとすると、一気に頂点を目指してしまう。
ライターを始めた時もそう。
時間のゆとりを手に入れるために始めた仕事だったのに、スキルアップのための勉強、仕事獲得へのアプローチ、次から次へと波のように押し寄せる納期、、、果たして私のゆとりはどこへ……?
私の毎月の仕事サイクルはこんな感じ
月の終わりは、翌月の執筆キーワードに基づいた構成案作成に追われ
月の初めは、戻ってきた構成案の修正対応に追われ
月の半ばは、毎日が締め切りの記事執筆に追われ
とにもかくにも追われる毎日で、時間のゆとりなんてあんまりない。おかげで朝も起きられず、家事もできなくなってしまった。
その一方で「名もなき家事」に翻弄される毎日
家事といったら「食事づくり」「掃除」「洗濯」といったところだろうか。しかし、私が辛いと感じているのはこれらのことではない。
いわゆる「名もなき家事」のことだ。
「名もなき家事」とは、料理・洗濯・掃除のような“いかにも家事”に見えるものではなく、家事の合間や裏側で発生する、小さくて細かいけれど欠かせない作業のことを指します。
個人的に面倒だと感じている名もなき家事は以下の3つ。
家族の帰宅時間に合わせた食事の準備
食事やお風呂をうながす声かけ
授業参観(懇談会の待ち時間ってもったいなくない?)
ほかにも小学生の宿題の面倒を見るとか、習い事への送迎とか、「お母さんアレどこ?」への対応とか、ちょこちょこした用事を挙げていけばキリがない。
頼むから私にまとまったひとり時間をくれ。
そんなこんなで私は「"ちゃんと”していたい」と思う自分の理想を追い求め、毎日必死にもがいている。
そんな私のささやかな心のエネルギーは、家族の変化
納期に追われて余裕のない私の姿を見た家族に、変化が起こっている。
子どもたちに洗濯物を取り込んだり、お風呂を洗ったりをお願いすると、快く引き受けてくれるようになった。
極め付けは「ブラックだねぇ」と苦笑いしていた夫。
いつの頃からかパソコンに向かう私の姿を見て「頑張ってるねぇ」と声をかけてくれるようになった。
そんなふうに変わってくれた家族の姿に、申し訳ないと思いつつも感謝の想いでいっぱいだ。だからお母ちゃんは今日も頑張れる。
結論:どっちにしたって「綱渡りの毎日」を楽しんでることには間違いない
家事の合間に仕事しているのか、仕事の合間に家事をしているのか、正直いまだによくわからない。
でも、必死に綱渡りの毎日で、もがいている自分もよく考えたら面白いんじゃないか。
何より、思い通りにならない毎日を楽しんでいる部分も、ちょっとだけある。
それに家族が応援とまでいかなくても、生あたたかく見守ってくれているならそれで十分だ。
たぶん、私はいつまで経っても落ち着かず
60歳になっても70歳になってもバカみたいに必死にもがきながら
暮らしていそうな気がする。
そんなおばあちゃんがひとりくらいいたって悪くないだろう。
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