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真面目に生きすぎたので、ネジを五本外してきます。


🍀プロローグ

学校の宿題を忘れずに出す学生さん。
「誰かやってくれる人?」と聞かれると手を挙げてしまうそこのあなた。
困っている人がいると、どうしても手を差し伸べずにはいられない優しい君。

私は知っています。
あなたが隠れて努力をしていること。
隠れて涙を流していること。
自分の辛い気持ちをうまく吐き出せないこと。
溜め込むのが当たり前になっていること。

みんな、真面目に生きすぎさんです。
でも、そんなあなたを私は誇りに思っています。
あなたがいてくれることで救われることがたくさん、たくさんあるから。

真面目に生きすぎさんの頭には、ぎゅうぎゅうに色んなことが詰め込まれている。
それががっちりとネジで固定されていて、本当の気持ちが外に出れなくなっているのかも。

だからたまにはそのネジを緩めて、外してあげると世界はちょっと変わるんじゃないかと思う。

私はありのままのあなたが好きです。
真面目で、頑張り屋さんなあなたが。
でも、どうか壊れてしまう前に。
いなくなってしまう前に。
ここに立ち寄ってくれたらうれしい。

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「日常」

大学の桜

私の通う大学には自然が沢山ある。
その中でも魅力的なのは春に満開になる桜だ。
階段に花びらが落ちて、散る頃には桜の絨毯が完成する。
この景色を見ると、今年度も始まったんだなぁと思う。
新年度は私にとって少し怖くて、不安で心がいっぱいになる。
そんな中周りを見ていると、なんだかみんな前向きに楽しもうとしていて、それが余計に私を焦らせて、息苦しくなる。
ちゃんとこれからやっていけるのか、そんな不安が毎日襲ってくる。
それでも楽しみだと思っている自分も少なからず存在する。
桜の木に例えるなら、半分の花びらは〈希望〉でもう半分は〈不安〉だ。
でも桜はいつか散って葉がでる。
〈希望〉は葉になってこれから頑張る活力だと思いたいし、〈不安〉は散ってこれから〈希望〉が増えていくんだと思いたい。
これから色々なことが待ち構えていて、私を不安にさせたり楽しませたりしてくれるのだろう。
春って色々あるけど、全部ひっくるめてなんか尊いよね。

おにぎり屋さん

家の近くに小さなおにぎり屋さんがある。
お昼の十二時にはほとんど売り切れてしまうほどの人気のおにぎり屋さんだ。
行ってみると色とりどりのおにぎりと具材の詰まったおにぎりが並んでいた。
その中で私は鮭と卵を選んだ。
開けてみるとふんわりとおにぎりの香りが漂ってきた。
一口かじると鮭の甘味が広がった。
卵はだしが良く効いていておにぎりと食べるのが丁度よい味付けだった。
自分が朝適当に握ったおにぎりとはまるで違った。
お店の人が丁寧に一つずつ愛情込めて作っているからだろう。
手作りおにぎりを食べると、いつの日かのピクニックや運動会を思い出す。
自分で作るおにぎりもおいしいけど、誰かに作ってもらうおにぎりはもっと特別だ。
とても満たされた気持ちになる。
毎日勉強を頑張っている学生さん。
朝早くお弁当を作ってくれているお父さん、お母さん。
コンビニ弁当にせずに毎日職場にお弁当を持ってくる社会人さん。
本当にみんなよく頑張っている。
だから、たまには贅沢をしよう。
そうしたら、また少し頑張れる気がするから。

靴のリボン

ハンドメイドが趣味になったのはここ最近のことだ。
髪につけるバレッタを作ってみたり、スラックスパンツにパールを付けてみたりと、色々なことをしている。
今度は靴を変えてみようと、今まで使っていた黒い厚底のローファーを手に取った。
黒い靴紐を外し、少しラメの入ったピンクのリボンを靴に通す。
ルンルンで学校に向かい先生の研究室に入ると、真っ先に先生が「その靴、かわいいね!♡♡♡(私の名前)さんぽい!」と言ってくれた。
こういうちょっとしたところまで見てくれる先生が好きだ。
自慢げに「これ、自分でやったんです!」と言うと、
「すごいじゃん!似合ってるよ」と笑ってくれた。
ちょっと学校で大変なことがあって下を向いたとき、このラメの入ったピンク紐のローファーを見ると、少しだけ気分が上がる。
好きなものに囲まれていると、ちょっと今の自分を保てそうになる。
そうやって少しでも自分の好きなものを取り入れられるようにしたい。
そしたらほんの少しだけ頑張れる気がする。


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「学校・仕事」

保健室の先生

高校三年生から保健室登校になった。
ずっと保健室で自習をしたり養護教諭の先生や看護師さんとお話をしていた。
教室という空気が私は苦手だった。
みんなで同じことをしなければいけなかったり、その場の空気に合わせないといけなかったりする。
息苦しい場所だった。
この時はもう心がズタボロだったのだ。
そんなとき、保健室の先生たちはいつも笑顔で私を迎えてくれた。
いつもより遅い時間に来たときは、
「来てくれてよかった。来れなくなったのではと思って心配したよ」と言ってくれた。
むしゃくしゃして自分を傷つけてしまった日には、
「真面目に考えすぎよ。もう少し手を抜いていいの」と絆創膏の上からそっと優しくなでてくれた。
〈手当する〉とはこういうことを言うのかもしれない。
何かしてほしいわけじゃなかったのだと思う。
私のうまく言葉にできない苦しみを誰かが一緒に抱えてくれていることがなによりも私の安心だったのだ。
大学の途中で、看護師さんの方が退職されることになった。
なので、今では年に数回会って近況報告会をしている。
支えてくれる人が一人でもいるだけで人生少し何とかなるかもと思える。
今日一日乗り切ればそれでいい。
そう思って今日も生きてる。

赤ちゃん

これは、部活の顧問の先生に呼ばれていたあだ名だ。
最初は少し嫌だったが、今では結構気に入っている。
こんなあだ名がついた理由は、話すときに『あのね』から始まったり、なんでも報告に来るかららしい。
そんなこと言われたら恥ずかしくなるし、話し方も気を付けてはいるのだけれど、今でも『あのね』は口癖になっている。
母校に戻って久しぶりに話をしたときに、
「私、もう赤ちゃんじゃないですよね?」と聞いたら
「うん、小学生くらいになった感じするよ」と絶妙な返事が返ってきた。
もう大人なのに、と自分の成長の遅さにがっかりもしつつ、「成長したね」の一言で、頑張ったなぁと少しだけ思えた。
今はもう中学生くらいになれているだろうか。
でも、そんなに焦らなくてもよいのかもしれない。
自分のペースで少しずつでも変わっていけたら、それで満点だと思う。
赤ちゃん卒業祝いに、何かかわいい服でも買いに行きたい。

教育実習

大学四年生の時に地元の中学校に教育実習に行った。
女子とは話せるのだが、なるべくクラスのみんなと話をしようと、一軍男子集団(?)に思い切って声をかけてみた。
「みんなは休み時間何してるの?」
「最近ハマってるゲームとかあるの?」
聞いてみたものの、一軍男子集団はほとんど口を開くことなく廊下へと出てしまった。
女子に相談すると、「あいつらは照れてるだけだよ」と言ってくれたが、嫌われているのではという不安もあった。
それに少し羨ましかった。
私は真面目に提出物も出して授業も受けていたが、一軍男子集団みたいにもっと自由にやっていても良かったのではないかと。
3週間の教育実習もついに最終日となり、お別れ会を開いてくれた。
生徒が色紙をプレゼントしてくれて、嬉しくて思わず泣いてしまった。
みんなとの時間は本当に特別なものだった。
楽しかったなぁと思いながら廊下を歩いていると、
「先生、今日で最後なんすか?」
「先生、こいつが先生いないと寂しいって言ってました」
「はぁ、言ってねぇし」
「いやお前言ってただろ」
とじゃれ合いながら私に声をかけてきてくれた。
ちょっぴり本音を話すのが不器用な一軍男子集団。
それでも私は嬉しかった。
最後に最高のプレゼントを贈ってもらった気持ちになった。
生徒を見ていると、日々の辛いこともなるかもって思えてくる。
ありがとう。


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「友達・家族」

進学祝い

私には年の離れた仲良しの看護師さんがいる。
病気になったときに心から寄り添ってくれた優しい看護師さんだ。
私の大学院の合格が発表されたとき、進学祝いにとディナーに誘ってくれた。
時間も終盤に差し掛かった時、突然お店の電気が暗くなった。
すると店員さんが花火のついたケーキのプレートを運んできて、そっと私の前に置いた。
「進学おめでとうございます!」と大きな声かけと共に、音楽が流れてほかのお客さんも拍手してくれた。
あまりの盛大さに驚いていると、看護師さんが笑いながら「合格おめでとう。」と言ってくれた。
サプライズなんて生まれて初めてだった。
私が病気を治そうと頑張っていた姿も、うまく調子が戻らずに涙を流した日も、そこにはいつも看護師さんがいてくれた。
勤務時間外なのに私と話してくれたり、お誕生日にはプレゼントをくれた。
でも、今度は看護師さんが病気と闘っている。
そんなそぶりも見せずに、笑顔で明るい看護師さんが隣にいた。
きっと我慢してることがたくさんあるのだろう。
見せないけど、でも私が見ようとしないときっと見えない。
今度は私が看護師さんを支える側になりたいと思う。
いつしかこんなことを言っていた。
「病気を治してほしいというより、心に寄り添ってほしいんだよね。辛いのは病気であることじゃなくて、心なんだよ」
その言葉が今でも頭の中に残っている。
地元に帰ったら必ず会いたい。
一緒に長生きしようね。

マネージャーさん

小さいころから水泳を習っていて、高校まで選手として頑張り続けていた。
その中でも高校三年間は私にとってとても濃密なものだった。
起立性調節障害という診断が下りたのは中学三年生の秋ごろ。
朝起きれなくなり、高校に入ってからの部活も休むことが多くなった。
自分の病気を「怠けている」、「さぼっている」という人は少なくなかった。
同級生のマネージャーさんは一人。
その子とは小学生までは同じ選手で、ライバルでもあり、私の憧れでもあった。
だから高校に入ってマネージャーとして入ってきたときは驚いた。
仲良くなりたいと思っていたが、彼女はそうでなかったのかもしれない。
距離をおかれたままついに最後の大会を迎えてしまった。
そんなマネージャーさんが手作りのキーホルダーとお手紙をくれた。
そっと手紙を開けると、こんなことが書かれていた。
「♡♡♡はずっとつらかったと思う。きっと私が想像できないほど。最後の大会、悔いがないようにね。」
彼女は本当は私の辛さに気づいてくれていたのかもしれない。
私たちは不器用だ。
歩み寄ろうとしているのに、なぜか傷つけてしまう。
大丈夫なように見えて、本当は繊細で。
今はすっかり過去の記憶になっているけど、もし戻れるなら一言「ありがとう」を言いたかったな。
そして、一緒にコンビニに寄って唐揚げ棒でも食べて笑い合いたかった。
人の本当の気持ちはなかなか見えない。
だからこそ、大事にしたい。

楽しかった思い出と許せないもの

家族は私が幼い頃からよく旅行に連れて行ってくれた。
両親は特に水族館と動物園が好きで、私も行くのが楽しみだった。
地元にある水族館は何十回と行っているだろう。
小学六年生の頃には、「戦争のことをちゃんと知った方がいい」と原爆ドームまで連れて行ってくれた。
そこで得た資料を学校に持っていくと良いと父に言われ、先生に教室に置いてほしいと頼んだ。
私の真面目さは両親譲りなのかもしれない。
だが、そんな両親に対して私は許せないと思ったことが何回かある。
学生の頃は誰かと誰かが喧嘩すると、先生が必ず仲直りをさせる。
それはきっと大事なことだと私も思う。
ただ、何かをしてしまったとき、謝りたいかどうか、許しても大丈夫かどうか、本当の気持ちは分からない。
許すということは、自分の中である程度その出来事を消化し、自分の心と向き合って出す答えだと思う。
でも、許したくないと思っているのに許してしまうと、それはその人にとってもっと心を辛くさせてしまうのではないかと思う。
許すのが当たり前みたいになって、許してもらえる前提で「ごめんね」と謝る。
それは果たして双方に良いことなのだろうか。
私は許せないことは、許せないでいいと思っている。
それは自分の心を守るために、過去の自分を守るために必要なことだと思う。
答えを出すのは難しいし、時間がかかるけど、自分の心にはどうか素直であってほしい。
自分を守れるのは自分だけなのだから。

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「死生観」

焦らなくてもいつか死ぬ

死にたいって思うことは一度や二度じゃない。
そんな時は、まずはゆっくりお風呂に入って、泣けるときに泣いて、好きなアニメを見て眠りにつく。
そんな夜を何回過ごしただろう。
きっとこんな思いをしながら日々を過ごしている人は沢山いると思う。
今日もよく頑張ったねと声をかけたい。
私は高校から大学に通っているときが、一番この気持ちが強かった。
それでも生きていないといけないから、この楽しみが終わったら死のうって期限を決めて頑張っていた。
そうでもしないととてもじゃないけど生きていけなかった。
でも結局私はその期限が過ぎても、またやりたいことができてやらなきゃいけないことも増えて、次はこの日にって決めて今日まで生きている。
大学ももうすぐ卒業するというときに、私はこの話をゼミの先生に打ち明けた。
すると先生はこんなことを話してくれた。
「そんなに焦らなくても、いいんじゃない?人間、いつか死ぬんだから」
確かにそうだなって思った。
もしかしたら学校帰りに事故にあって死ぬかもしれないし、突然病気になって寿命が一気に縮むかもしれない。
明日で最期かもしれないし、明後日で最期かもしれない。
そう考えると、今日くらい生きててもいいかなと思える。
どうせ明日生きている保障なんてどこにもないのだから。
だったら今日の自分を存分に甘やかして、やりたいことやって生きていったらいい。
息をして心臓も休むことなく動いている。
それだけで立派なことだと思う。
自分にご褒美あげながら、なんとか今日をやり過ごせたら満点だよね。

あなたがいる世界

生きることに終止符を打とうとしている人になんて声を掛けたらいいのか未だに分からない。
私も沢山そういう思いはしてきたけれど、自分でもなんて言ってほしいか分からない。
でもこの気持ちが芽生えるのは、みんなが頑張って生きてきたからだと思う。
小さい頃から満たされない何かがあったり、心にぽっかり穴が開いたままになっていたり、そもそも心の形の原型をとどめていない人もいるのかもしれない。
なんて声をかけるかと悩んだとき、私の頭の中で出てきた言葉は「よく頑張ったね」だ。
死ぬという選択を否定も肯定もせず、ただ誰かの頑張りを掬いたい。
私がちゃんと見ているよって、知っているよって言いたい。
もちろん全部じゃないし、一人一人生き方は違うから全部の気持ちを理解することはできない。
でも、できるだけ寄り添いたいし、その人の人生を知りたい。
そして「よく頑張ったね」って言って、一緒に星でも眺めたい。
自分はこの世の中に生きている人々の中の一人と考えると、とてもちっぽけで自分なんか居なくなっても変わらないって思うときもある。
そんな時こそここに戻ってきてほしい。
もしできるなら、あなたがいる世界で私は生きたい。
生きてたらいいことあるとかとても言えないけど、今日を乗り切った同じ人間として一緒に生きていけたら嬉しい。

幸せになってほしい

ある大学の休みの日、今までとっておいた小学校から高校までの教科書やノートを整理していた時がある。
そこで私は『小学校を卒業する私へ』と書かれた手紙を見つけた。
最初の一行目にはこんなことが書かれていた。
「今の私は学校に行きたくない」
この時から学校に行きたくなかったのかと思うと、胸が締め付けられた。
いつの間にか忘れていた、当時の私の本当の気持ち。
学校に行きたくないことを誰にも話したことはなかった。
小学六年生の私はそれを一人で抱え込んで、誰にも見られないこの手紙に、私は自分の気持ちを吐き出していた。
それだけではない。
「学年目標の〇〇は達成できましたか?」
となんとも真面目な一文が書かれていた。
こんなことを書くのはきっと私だけだっただろう。
学年目標が達成できたかなんて、ほとんどの人は考えていないと思う。
本当にどこまでも馬鹿がつくほど真面目だった。
そんな手紙の中でも私が最も心に残った文章がある。
それは
「♡♡♡ちゃんには幸せになってほしい」
これを読んだとき、私はもう涙をこらえることができなかった。
まだたったの十一歳。
この世に生まれてたった十一年の子が、未来の私に「幸せになってほしい」なんて…。
私が教師として過去の自分を見るのだったら、胸が締め付けられるし、抱きしめたくなる。
「今、幸せになることだけ考えて」
そう声をかけたくなる。
きっと人生はなんとかなるはずだから。
今、自分が幸せになることだけを、どうか考えていてほしい。
未来は絶対明るいなんて言えないし、辛いこともたくさんあるけど、いつか笑って過ごせる日がくると信じているから。
どうか、今のあなたが幸せに生きられますように。

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「愛情」

言葉

あるバンドのPOP-UPに行ったとき、「バッグ同じですね!」と声をかけてくれたのがNちゃんだった。
私は今までライブというものに行ったことがなかった。
小さいころから大きな音や人混みが苦手で、ライブとはずっと縁のないものだと思っていた。
それでもライブに一度行ってみたいと思って思い切って応募した。
バッグにはヘルプマークを付けていった。
万が一体調が崩れてしまったとき用のお守りみたいなものだ。
開場するまで座ってお話しながら待っていた時、Nちゃんは私のヘルプマークに気づいてくれた。
「これ、見てもいい?」と聞いてから裏の文字を読んだ。
そう一声かけてもらえると私も少し心の準備ができる。
「そうなんだ」と言いながら、すっと顔を上げると、「私看護師だから、なんかあったら言ってね!」と言ってくれた。
まさか看護師さんだとは思わなかった。
お礼を言うと、にこっと笑って「頼ってね」と言ってくれた。
私はあまり自分のことを話すタイプではないけど、Nちゃんになら話せるかもって思った。
Nちゃんは私の症状や不安を聞いて、「そうだよね~」と肯定しながら聴いてくれた。
まだ出会って二回目なのに、こんなにも私のことを大事にしてくれている。
ライブ後も連絡をくれたり、一緒にご飯や買い物をするようになった。
Nちゃんは私が、「これ行こう」「あれやりたい」と言うと「いいよ」じゃなくて「いいね」って言ってくれる。
言葉一つできっとお互いの関係も変わってくるのだと思う。
嫌なことも苦手なことも、みんなそれぞれ背景があって、いろんな理由があるのだと思う。
全部話せなくていいと思うし、無理して話したくないことを話そうとしなくてもいい。
でも少しずつ受け入れて誰かに話せたとき、相手が受け入れてくれるような言葉をくれたら少し報われる気がする。
ちょっとずつ吐き出して、話し合って。
自分の感情も自分の言葉も大切にしていきたい。

バイオリンの先生

私は大学四年生の秋ごろからバイオリンを習い始めた。
何をやっても「すごいね!上手になったね!」と言ってくれるので、私も調子に乗ってしまったりする。
そんな先生の最近の口癖は、「♡♡♡ちゃんを小さくして仕事に連れていきたい!」だ。
まるでお母さんのように、本当にかわいがってくれる先生なのだ。
またある時には、私が辛いことが重なって落ち込んでいた日には、私を包み込むようにそっと抱きしめて一緒に泣いてくれた。
きっと先生にも辛い過去がたくさんあったのだと思う。
そうでないと、一緒に涙を流すことなんてできない。
私もこんな風に愛情表現したり、誰かの気持ちに寄り添える人になりたいなと思う。
私は頑張っていても、自分に「頑張ったね」が言えない。
でも言えたらちょっとだけ何かが変わる気がする。
〈褒める〉〈褒められる〉ってとても大事なことだと思う。
きっと先生は褒められて嬉しいって思ったことが沢山あるのだろう。
ちょっとしたことでも、褒めたいし褒められる人になりたいな。

塾の先生

私が塾に通い始めたのは小学六年生だった。
高校2年生からM先生という若い女性の先生が見てくれることになった。
いつも穏やかで優しい先生だった。
その頃の私はだんだんと学校に行けなくなってきた時期。
「何か悩んでいることはない?」と聞かれ、笑顔で「大丈夫です」と答えた。
すると先生の目が少し潤んだ。
私は先生にあまり学校に行けていないことも、悩んでいることも話していない。
不思議そうにしていると、先生は私の腕を指さした。
先生は私の腕の傷を知っていた。
「知ってるんだね」と私が俯くと、先生の目から一粒の涙がこぼれた。
まさか先生が泣くと思っていなかったので困惑していると
「ごめんね、泣きたいのは♡♡♡さんの方なのにね…私もしていた時期があるの」
先生からそう告げられた時は私も驚きを隠せなかった。
授業の時間を丸々削って約九十分、M先生は私の話をじっくり聞いてくれた。
M先生と一緒に沢山泣いた。
その日からは、授業の時間の半分くらいは私の話を聞いてくれるようになった。
M先生もまた、自分の過去の話を私にしてくれた。
大学受験も終わり、私は塾を辞めることになった。
M先生が塾の先生を辞めたという話を聞いたのは、私が大学に入って二か月ほどしたころだった。
大学三年生の夏休み、私はM先生と再会を果たした。
「自然を見たい」という先生のリクエストの元、車で二時間ほどかけて海が見える場所に行った。
車の中ではM先生が運転しながらたくさんのことを話した。
お互いに苦労を乗り越えた二人。
もう一度会えた奇跡。
塾のあの時間は、私の中で一つの居場所になっていた。
「また何かあったときは、二人で泣いて二人で笑おう」
そう約束した。
一緒に泣いて笑えるってとても素敵なことだと思う。
みんなきっと色んなものを抱えて生きている。
私もM先生みたいに寄り添える人になりたいと思う。

嬉しくっていいんだよ

大人になると褒められることが少なくなる。
小さい頃はたくさん褒めて貰えたのに、どうして大人になると誰も褒めてくれなくなるのだろう。
誰も褒めてくれないと、自分で自分を褒めるしかなくなる。
それでも、一人だけいつも丁寧に褒めてくれる人がいる。
それは学部時代のゼミの先生だ。
「今日は学校来れただけでも偉い!」と言ってくれるような方だ。
落ち込んだ時には〈今日は〇〇が出来ましたね!☆1つ獲得です!次はこれを頑張りましょう〉と書いてくれるようなとても丁寧な先生だ。
大人になっても、〈☆1つ獲得〉なんて書いてくれるのが少し可愛くて頬が緩んでしまう。
大学院に進学してこの話を院の先生にお話した時、私はあることを尋ねた。
大人になっても褒められたら嬉しいと思っていいのか。
私は最初受け取ることができなかったし、素直に喜べなかった。
自分はまだできてないところが沢山あると思っていたからだ。
でも院の先生は言った。
「嬉しくっていいんだよ。それでいいんだよ」
それを聞いて、あぁ先生も嬉しいんだって思った。
大人になってもやっぱり褒められたら嬉しい。
「頑張ったね」も嬉しいし、「かわいいね」も嬉しい。
いつも褒め上手な先生を見習って、これを読んでくれているみんなも褒めたい。
こんな私なんかって思うときもあるけど、そんな時は褒められた時のことでも思い出したい。
そして、ゼミの先生だったら今私のこと、こういうふうに褒めてくれるだろうなって妄想する。
そうすると少しだけ自分を肯定できる気がする。
いつになっても、どんな時でも嬉しい時は嬉しいでいいんだと思う。
嬉しいで溢れたらいいな。

🍀エピローグ

ここでは頭のネジを外すっていうやり方でやってきたのだけれど、きっとそんなに簡単なことじゃないよね。
そもそも、やり方は人それぞれだから、違ってもいいと思う。

真面目に生きすぎさんの私たちは、多分少し不器用で、うまく力の抜き方も分からない。
緩めようと思って逆に締めてしまったり、緩め方を間違えて自分自身がぐらぐらしてしまったりすることもあるかもしれない。

それでも生きている私たちはすごい。
それだけで十分だと思う。

五本全部、外せなくてもいい。
一本でも、少し緩められたなら、それでいい。

もしかしたら、また固く締まってしまう日もあるかもしれない。
そんな時はまた、ここに来てくれたらうれしい。

私も、きっとみんなと緩め直しているから。


#創作大賞2026 #エッセイ部門

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