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その時間は、私の命だった

人が使ってくれた時間は、
その人の命の一部だ。

この言葉を見たとき、
私はすぐに「感謝」の話だとは思えなかった。

もちろん、
誰かが私のために時間を使ってくれたなら、
それはありがたい。

時間を割いてくれたこと。
気にかけてくれたこと。
手を止めて、こちらを向いてくれたこと。

それは、決して当たり前ではない。

でも同時に、
私が誰かのために使ってきた時間も、
私の命だった。

眠れない夜に考え続けたこと。
断れなくて引き受けたこと。
本当は限界だったのに、笑って返したこと。
相手の機嫌を損ねないように、言葉を選び続けたこと。
「これくらいできるでしょ」と軽く扱われた「作業」。

全部、私の時間だった。
そしてそれは、私の命だった。

なのに、
それを「大したことない」みたいに扱われると、
私は少しずつ空っぽになっていった。

時間を奪われることは、
予定が埋まることだけじゃない。

考えさせられること。
気を遣わされること。
返事を待たされること。
罪悪感を背負わされること。
やり直しを何度も求められること。

それも全部、命を削っている。

「あなたのためを思って」
「悪気はなかった」
「そんなつもりじゃなかった」

そう言われるたびに、
私は自分の苦しさの方を疑ってきた。

私が気にしすぎなのか。
私が弱すぎるのか。
私がもっと我慢すればいいのか。

でも、違う。

私の時間が削られたことは、事実だった。
私の心がすり減ったことも、事実だった。
私の中から何かが消えていったことも、確かにあった。

だから私は、もう簡単には差し出さない。

誰かのために尽くすことと、
自分をすり減らすことは違う。

優しさと、自己犠牲は違う。
責任感と、搾取されることは違う。
我慢強さと、自分を殺すことは違う。

感謝されたいわけじゃない。
見返りがほしいわけでもない。

ただ、
私の時間を、私の命を、
雑に扱わないでほしい。

そして私自身も、
もう自分の命を「このくらいなら」と安売りしない。

人が使ってくれた時間は、その人の命の一部。
それなら、私が使ってきた時間も、私の命の一部。

誰かを責めるためではなく、
これからの私を守るために、
私はこの言葉を覚えておきたい。

私の時間は、私のものだ。
私の命は、私のものだ。

もう、誰かに差し出す前に、
まず私自身が、その重さを思い出す。


引用URL:https://x.com/yayo_1coaching/status/2074599344704262649?s=53

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