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ネイルに込めた自己愛

私は、何のためにネイルをしているのだろうか。ネイルをしてくれているお姉さんの、器用な手先と頭頂部を眺めながら考えていた。

私はネイルが好きだが、ネイルサロンは苦手だ。
隣のブースは、彼氏の愚痴や飲み会失敗エピソードで、どかんどかん盛り上がっている。お酒の勢いで初めて会った人と……とか本当にあるんだ、と盗み聞きしながら感心した。いっぽう私は持ちネタがないので、何を話したらいいのか分からない。「彼氏の寝ぐせが毎回GANTZのネギ星人みたいなんですよ~」とか、面白いかな。言ってみようかな。時間が経つごとに話し始めるハードルもどんどこ上がっていく。よって、削られすぎて痛いなあとか、ライトが熱くて痛いなあとか考えながら、無言で1時間を過ごしている。テーブルの上に置いてある電源の切れたタブレットではネトフリを見られることも知っているが、見たいとすら言えない。ネイルサロンで過ごす1時間は、他のどんな1時間よりも長い。

今日は椅子が固いブースに案内されたからお尻が痛いなあなどと考えながら左右交互に少しずつお尻を浮かせていると、また隣のブースからキャハハハハと笑い声が上がった。私のブースでは、ライトをつける「ピッ」という音、お姉さんがときどき鼻をすする音、時計が秒を刻む音が、鮮明に響きわたっている。

……気まずい。何回通ってもこの気まずさに慣れない。お姉さんは、たぶん何とも思っていない。私と同じ空間を繰り広げる同志が、他にもいるはずだから。分かっていても、気まずいものは気まずい。それなのに、ネイルサロンの外に出てキラキラ光る指先を見たらスキップしたい気持ちになって、気まずかった時間をきれいさっぱり忘れてしまう。そして3週間後、懲りずにまたネイルサロンへ行くのだ。

考えてみれば美容って、おかしなことが多い気がする。爪に謎の液料を塗って固めたり、顔に粉をはたいたり。本能的に生えている毛をわざわざ生えてこなくしたかと思えば、目の上の毛は一生懸命育てたりする。

そんなおかしなことに、私の人生は割と、ぶんぶん振り回されている。

美容に目覚めたのは高校2年生のとき。地方の自称進学校に通っていたため、当然メイクは禁止だった。しかし当時、星野源にガチ恋していた私は、ライブ当選をきっかけにメイクを始めることになる。「CANMAKE」や「ちふれ」といった高校生の厳しいお財布事情にすこぶる親切な化粧品を駆使しながら、毎日YouTubeで勉強した。

初めて口紅をつけて登校したとき、たまに話す程度のクラスメイトが「あ!口紅つけてる!」と指差してきた。私は「リップクリームを塗りすぎちゃって……ごにょごにょ」と言い訳する。その後クラスメイトが小さい声で「いや、ムリあるって」と言ったことが、なぜか今でも忘れられない。口紅の品番まで覚えている。ちふれの549だ。(リップクリームというには本当にムリがある赤い口紅)

美容に関して、私はずっと夢中で、ちょっと狂っていた。

ノーズシャドウをデーモン小暮みたいと母に笑われたこと。卒業アルバムの可愛い子ランキングに、同じ顔だと思っていた双子の妹だけランクインしたこと。「小学生のときにやれってお母さんいったからね!」と小言を言われながら、バイトで稼いだお金で歯列矯正をしたこと。Twitterで「デブはスキニーを履くな」という投稿が流れてきて、半年ご飯が食べられなくなったこと。二重埋没をしたら目から血が出てくるようになって、電車で二時間かかるクリニックへ週に3回も行ったこと。メガネをして、帽子を深くかぶって、リュックをぎゅっと抱きしめながら電車のイスに座っていた。リュックを抱く手は、ぷるぷると震えて止まらなかった。あれより冷たいイスを、私は知らない。

たくさんの、たくさんの忘れられないズキッとした痛み(たまに物理)と共に、私の美容はある。

振り返ると、まるでかぐや姫に夢中になった貴公子たちみたいだなと思う。月の人という、手に入りようがないただひとりの「理想」のために、手に入るかどうかも分からない宝物を一生懸命に探す。偽物をつくったり、命まで落としたり。あまりにも必死で、哀れで、狂っている。

それなら、美容に出会わなければよかったのかというと、そうでもない。私は美容に出会うまで、ずっと自分が嫌いだったのだ。ブス、黙れと思われるのが怖くて、コンビニで「ファミチキください」すら言えなかった。テスト勉強中に手鏡を見ながら、二重になることを願って、何度も何度もまぶたをマッサージしていた。勉強しなよ。

嫌いな自分と、狂った努力を超えて、私は今、毎朝メイクを終えた自分に「可愛い」と言ってあげられる。おしゃれなお店で場違いだと恐縮することもなくなったし、好きになった人に釣り合わないと遠慮することもなくなった。似合わないと諦めていた憧れのブランドの服を着て、憧れの化粧品会社で働いている。

過去の私が貴公子ならば、きっと今の私は、かぐや姫だ。そう思うと、全部の私が大切で、愛しくて、えへんっという気持ちになった。

「完成です~仕上がりいかがですか?」

ハッと気が付くと、ネイルサロンのお姉さんがこちらを見ていた。そうだった、ネイルをしてもらっていたのだった。お姉さんの頭頂部を見つめながらぼうっとしていたので、ばっちりと目が合ってしまう。

「めっちゃ、良い感じです」

しっかりと目を見たまま、うなずきながら言った。シンプルなホワイトのワンカラーに、上品な配置のパール。インスタで見た通りの、理想的な仕上がりだった。

お会計を済ませ、トントンと階段を下りて外に出る。正午の日差しはミラーボールのように眩しくて、澄んだ空気中にさらさらと光の粒が流れていた。空に向かって手をかざす。爪はキラキラと輝いて、心をまるごと暖かい光で包み込んだ。ちょっとの痛みや気まずい時間は、光に飛んで消えていく。

スマホを鞄にしまいたかったが、手を雑に扱うとネイルが取れてしまいそうな気がして、鞄のチャックをそうっと開けた。取っ手に、親指を少し当ててしまう。パッと手を引き、親指についたパールをさわさわと撫で、きちんとついているか確認した。大丈夫、ちゃんとある。私による、私のための、大切な貢ぎ物。

浮きそうになる足をぐっと地に着けて、一歩踏み出した。




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