SNSで嫉妬してしまうあなたへ
やめればいいとわかっちゃいるのに、スマホの画面を眺めてしまう。自分との差に戸惑って、ショックを受けて、ひとりで落ち込んでしまう。
この文章を読んでいる方の中で、同じ経験をされた方は少なくないはず。
SNSとの付き合い方は、ここ数年で議論の的になることが増えた。わたしもいくつかの本を読んで勉強してきたつもり。
しかし、こうした本を読んで勉強して、克服したと思っても、また新たな波が押し寄せてくる。
今日は、わたしと同じようにSNS(特に、リアルの知人)の世界がキラキラ見えてしまう方へ、最近見つけたわたしの克服方法を共有させていただきたく、ぜひお付き合い願いたい…!
さて、わたし自身の能力を比較して落ち込む点については、以下の立ち戻るべき「指標」を書いておいたことで、波に飲み込まれず無事に砂浜までたどり着くことができるようになった。
これで安心ッ!良かったッッ! と一息ついたのもつかの間、それはわたしの背後に、まだいた。
今度は、わたしの力ではどうにもできない分野でのモヤモヤだった。
環境や、配偶者や、子どもに関するあれこれ。
「ぐぬぬぬぬぬうらやましいいいい!!! とでも言うと思った? ふふ、わたしはそういうくすぶりを、巧妙に隠すのがうまいのよ」と余裕ぶって、クールな顔して魔除けの念仏を唱える、うらやましくなんかない、うらやましくなんかない……。
「そんなのみんなに共有してどうするの?」
「どうして自分の胸の内にしまっておけないの?」
「自慢?」
こう考えてしまうとき、わたしは嫉妬しているのだろうか。うらやましいと思っているのだろうか。
うらやましい、というのは、自分もそうなりたい、という感情の裏返しだと理解している。嫉妬というのはもう少し重症で、あなただけズルい、という、ひがみ根性のあらわれだと。
そう定義したときに、はたしてわたしは、うらやましく感じる、ないし嫉妬をしているのだろうか?
いや、ちがうよな……。
そうなりたい訳でもないしな。
「いいなぁ」とも、別に思わない。
じゃあ、これってなんだ。
もしかして、「あなた」じゃないから?
「あなた」自身のことでも、「あなた」の努力でもないから?
わたしは、自分の力ではどうしようもないことを比べて、それでモヤモヤしている?
なんでそんなものを、比べてしまう?

その瞬間、わたしは理解した。人生に「勝ち負け」があると思ってるからだ。
今までは自身の能力をいかに垂直に伸ばすか、成績、収入、役職、社会的地位、これらを拡大していくことこそが世界の正解だった。
翻って、いまのわたしには、何もない。
そして、そういった定量的な尺度から見た自分の限界も理解できている。
それが、前述の「指標」となった記事の内容だ。
なのにまだ、「何もない」というカテゴリの中でさえ優劣をつけようとしている。わたしには何もない、だから子どもが。夫が。家族が。環境が。
そのすべてにおいて、頂点でないと気がすまない。どれかひとつでも、劣っているのが許せない。
なんと……。
ここまで心が狭いと、自分でも自分に辟易してしまう。すごいよアンタ。
いやいや、ちょっと待って。本当にわたしそんなにイヤなやつなの?
自分のこときらいになりそう。別の側面も考えてみよう。
わたしには、親友だと思っているひとが4人いる。もしその親友が、超大富豪で、子どもも優秀で、今後なんの人生の心配もなく、超絶キャリアを歩んでいるとしたら、どうなる?
すっっっごく、うれしいだろうな。
心の底からその努力と幸運を称えるだろう。
もうすこし、範囲をひろげてみよう。学生時代仲が良くて、今でも好きだな、と感じている友人がそうだったら?
やっぱり、うれしい。良かったね、って思える。

ということは、だ。比べてしまう、嫉妬してしまうのは、もともとその人のことが好きじゃないからだ。
好きじゃないから、否定したい。好きじゃないから、拒否してしまう。
好きじゃないから、勝ちたい。好きじゃないから、自分を守ってしまう。
みなさんは、いかがだろうか? キラキラSNSに遭遇してしまったときのあの苦い感じ、その相手のことは、どこまで好きなのだろう。
少なくともわたしは、その人たちのことを、好きだとは言い切れない。
モヤモヤの原因は、「好きじゃないひとの、まさにその理由たる、好きじゃない部分を見せられているから」ということがわかったのだ。
でも、そんなことで刺激され、比較されるわたしの周りのものは、たまったものではないよね。
見るのやめよ。単純な解が浮かび、今までモヤモヤしていたものが急に些末なものに思えた。
おそらく、SNSがない時代だったらこういうのは見ることもなかった。そんな人との縁は切れていただろうから。
なまじっかSNSでゆるくつながってしまっているから、こんなことになるのだ。SNSとの付き合い方、まだまだむずかしい。
好きでもない、つまりわたしの人生に大したかかわりもないひとたちのために、本当に大切にしたいひとや時間が犠牲になるなんて、もったいない。
だから、SNSに心を乱されてしまう現象へのわたしの対処法は、そのひとは自分の大事なひとではないということを認め、自分の心を守るために(SNS上の)かかわりを絶つ、という、シンプルな方法に行き着いた。
役に立たない凡庸な対処法かもしれないけど、少しでもあなたの生きやすさへのヒントになったらうれしい。
スマホとうまく付き合うことの本質は、感情というパンドラの箱を開け、自分の大切にしたいことを見定める勇気にあるのかもしれない。

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タイマッサージを受ける際、チップをいくら渡すかいつも悩んで、たいてい大盤振る舞いしていまいます。そうわたしは見栄っ張りな客です。