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理学療法士の私がうつ病に——倒れた日から、回復までの記録

17年間、白衣を着て患者さんと向き合ってきた。
理学療法士として、「回復」や「改善」という言葉を信じて、目の前の人たちの痛みや不安と、日々向き合っていた。

だけど、ある日、私は突然倒れた。
朝、ベッドから起き上がれなかったのだ。身体は鉛のように重く、頭の中は真っ白で、涙だけが勝手にこぼれていた。

それでも最初は「休めば治る」と思っていた。
けれど数日経っても、心は晴れず、やる気も戻らない。まるで、自分の中から何かが抜け落ちたようだった。

医療者であるはずの私が、「うつ病」と診断された。

それは悔しくて、恥ずかしくて、誰にも言えなかった。
自分が壊れていくことを認めるのは、とても怖かった。

でも今、あのとき倒れてよかったのかもしれないと、少しずつ思えるようになってきた。
心が少し軽くなった日、そっと靴をはいて、外に出てみた。
光や風がこんなに優しかったなんて、忘れていた。

これは、私自身の「心と体のリハビリ」の記録である。
医療者としてではなく、ひとりの人間として立ち止まり、問い直し、歩き出すまでの道のりを、少しずつ書き留めていきたい。
誰かの「もう一歩」のきっかけになれたら——そう願っている。


※私の個人的な内容を含みますので有料にしています 同じような体験をしている方のお手伝いが出来ればと思います。




やりがいを感じていた20代

 理学療法士という仕事にやりがいを感じていた時期があった。

 就職して、希望を胸に「私は理学療法士になったんだ!」と熱い気持ちを持っていた。目の前にいる患者さんに対して、私なりに真摯に向き合っていたつもりだ。そして、「理学療法士」という名前に酔いしれて、いわゆる「できる理学療法士」を一丁前に目指してたのだろう。だから、先輩と一緒に色んな勉強会や学会などにも顔を出したりしていた。

 でも、少しずつ歳を重ねる事に気付いていた。

 「あ、わたしそこまで向上心ないかも」

 「自分が理想とするような理学療法士にはなれないな」

 「わたしのやっている仕事の意味ってなんなんだろう」

そんな気持ちが芽生えてきていた。ふたを開けてみたら、理学療法士という仕事はただ患者さんと運動するだけじゃない。技術的なことはもちろん必要だが、コミュニケーションスキルは何より必要だ。患者さんとだけでなく、看護師や医師の機嫌を損ねずに立ち回るようにヘコヘコしなければならないこともある。そして、何より多いのが患者さんと関わる以外の業務だ。患者さんを受け持ったら、評価した内容をカルテに記載、計画書やサマリーを入力、作成。そして、家族カンファレンスで説明をする。説明したら、その時の内容をカルテに記載する。この家族説明は月に1回あるため、毎月計画書を作成しなければならない。それを受け持ち人数分。書類の管理に追われる日々になる。忘れっぽいわたしには、処理能力が追いつかず、先輩から怒られることが頻発していた。

 忘れっぽいのは昔からだが、仕事を始めてから特に感じるようになった。

 「わたしだめだめじゃん」
 「なんか周りよりうまくできない」
 「みんなしっかりやってるのに、私は指摘されることが多い」

 自分ではやってるつもり。でも、ケアレスミスが多い。そして忘れる。

 こういうちょっとした失敗体験が積み重なっていった。


つらかった不妊治療


 30代は結婚、妊娠、出産、子育てが待っていた。結婚前から「多嚢胞性卵巣症候群」と診断を受けていた。これは、排卵がうまくできなかったりするため不妊の原因となると言われている。子供がほしいという気持ちが強かったため、結婚後すぐに不妊治療を始めた。薬や注射、タイミング療法、さらには手術も受けた。

 正直、「妊娠しにくいと言っても治療を受けていたらすぐでしょ」とたかをくくっていた。ところが、排卵がうまくいかないため卵巣に穴を開ける手術、その半年後に卵管が詰まっていてため開通する手術をした。半年間に2回も手術するなんて思ってもいなかった。卵管を通す手術は、半年くらいは妊娠しやすくなると言われている。それまでの間に妊娠ができなかったら、「人工授精を勧めますよ」と主治医から言われていた。経済的なことも考えて、夫婦で話し合い、そこまではしないと決めていた。

 この頃のわたしははたから見たらややうつ状態だったようだ。振り返ってみたら、自分でもそう思うところがある。

 毎朝基礎体温計とにらめっこ。体温の上がり下がりで一喜一憂する。職場で同じ時期に結婚した人たちがどんどん妊娠していく。なんだか取り残されているような、そんな気持ちになっていた。

 不妊治療を始めて約2年、ようやく妊娠がわかったときは嬉しかったが、それまでの過程は想像以上にストレスだった。

 念願叶って生まれた子供は4000g超えの巨大児。喜びも大きく、とてつもなく愛おしい存在となった。

仕事復帰


 離れがたくはあったが産後10カ月で仕事に復帰した。周りのママさん理学療法士たちも頑張ってるんだから、私も頑張らなきゃ!と気持ちを奮い立たせてて毎日を送っていた。今思えば、周囲と比べることが間違っている。元々キャパの狭い私に子育てと仕事の両立は既にキャパオーバーで、復帰後も夫の前で泣いたり発狂したりすることがあった。今思えば、これも産後うつ状態だったのかもしれない。

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