見出し画像

なぜ私は50歳を超えて“日本語教師”になろうと思ったのか

「50歳を過ぎてから、新しい職業に挑戦するなんて無謀だ」

そう言われてもおかしくない年齢で、私は日本語教師の道を選びました。
でも、あのときの私は、自分の中の“何か”に突き動かされていました。

それは、マレーシアに住み、コロナ禍も過ぎようとした2年前でした。

現地の人たちが、日本語を一生懸命学んでいる姿を目の当たりにしました。 「日本語を話せるようになりたい」
「日本に行きたい」
「アニメが好き」
きっかけはさまざまだけれど、皆、目が輝いていたのです。

彼らと接するうちに、「私も、何か役に立てるのでは?」という気持ちが湧いてきました。

でも、その気持ちと同時に、現実的な“迷い”もありました。

「私は教えられるのか?」
「資格も経験もない」
「英語もペラペラじゃない」

それでも、何かが私の背中を押しました。

「やってみたい」という気持ちは、静かだけれど確かなものでした。

それから、試行錯誤の毎日が始まりました。


このnoteでは、いままで何回か私の道筋を紹介してきました。
これから、そんな私の体験を、あらためて1話ずつ、テーマごとに丁寧に綴っていこうと思います。
私自身の整理も含めて。

たとえば──
・どんなきっかけで日本語教師になろうと思ったのか?
・どうやって情報を集め、何を準備したのか?
・初めての授業でどんなことが起きたのか?
・生徒との出会いが、私自身にどんな変化をもたらしたのか?

そんなエピソードを通じて、
「資格がなくても、年齢が高くても、こんなふうに始められる道があるんだ」
そう感じてもらえたら、何よりです。

そして、もし今、あなたが「このままでいいのかな?」と心のどこかで感じているのなら──
このシリーズが、その気持ちにそっと寄り添い、小さな一歩を踏み出すきっかけになればと願っています。

このシリーズをイメージ化してみました

📘 Kindle本『50歳からでも遅くない!あなたも日本語講師になれる』はこちら

👥 メンバーシップ「日本語寺小屋サロン」では教材の配布や交流も行っています!

新たな、このシリーズマガジンはこちら →

よろしくお願いします🙇‍♂️

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集