「至高体験」について本を書きました📚
最近、この note で「至高体験「至高時間」についての記事を何回か書きました。
そして、いくつかの哲学や宗教、心理学の本を kindle で読み、大学時代の心理学の本も読みなおし、そのまとめ、というか自分の確認用に kindle 本を書きました。
私の体験談を多くして、「あー、あんなことあったなあ」と振り返り、確認しながら書き進めました。
執筆を終えて
「至高体験」「至高時間」
日々の中でふと訪れる、あの不思議な満たされた時間──。
言葉にすると少し照れくさくもあるけれど、
「ああ、生きててよかったな」
「今もいい時間をおくっているなあ」
と、静かに、でも確かに感じるような瞬間。
それは、何かを達成した時でも、誰かに褒められた時でもなく、ふとした夕暮れの空だったり、文章や音楽の一節だったりすることもあります。
そんな時間のことを、私は「至高時間」と呼んできました。
本を読みながら、自分のこれまでの人生をたどるように、いろんな体験がふいに思い出されました。
あのとき、心がふるえた。
この瞬間、時が止まったようだった。
そんな一つひとつの記憶を、確認するように、慈しむように書き進めたのが、今回のKindle本です。
タイトルは──
「至高体験──50代からの心満たされる生き方」
正直、これは「読者のために」以上に、「自分のために書いた本」です。
でも、だからこそ、誰かの心にもそっと届くものになっていたらいいなと思っています。
では、改めて。「至高体験」って、なんでしょう?
アブラハム・マズローという心理学者が、自己実現の先にある「至高体験(ピーク・エクスペリエンス)」という概念を提示しました。
それは、自分という個を超えて、世界や自然、あるいは「何か大いなるもの」と一体になるような、そんな至福の時間のことです。
そこにはエゴがなく、ただ「在る」ことの歓びだけがあります。
でもこれは、スピリチュアルな意味ではありません。日常のなかで、私たちはふと、それに似たような瞬間を体験しています。
むしろ、年齢を重ね、社会的な役割から少しずつ距離ができる50代以降の方が、こうした体験を味わいやすくなるのではないかと、私は思います。
なぜなら、若い頃はどうしても、「何者かにならなければ」という焦りが先に立つからだと思います。
でも、50代からは、「何者かになる」のではなく、むしろ「そのままの自分でいい」と感じられるようになるります。
そうした穏やかさが、心を開いて「至高体験」を受け入れやすくするのではないでしょうか。
私自身、50代に入ってから、価値観が静かに、でも確実に変わってきました。
刺激的な毎日を追い求めるよりも、深く味わえる時間を大切にしたい。
誰かに勝つよりも、誰かを慈しみたい。
そんなふうに感じることが増えてきました。
この本では、そうした心の変化とともに訪れた「至高体験」のいくつかを綴っています。
たとえば、何気ない朝のウオーキング中に感じた空の広さや、あの海外赴任初期の頃に感じた喧噪の中での静寂感や後光のような光──。
どれも小さな出来事だけれど、その中に確かな「満ち足りた時間」があったのです。
「心が満たされる生き方」とは、大きな夢を追い続けることだけではありません。
むしろ、すでに手のひらにあるものに気づくこと──。
それが、50代からの「豊かさ」だと思います。
このnoteを読んでくださっている方のなかにも、もしかしたら、似たような時間を味わった方がいらっしゃるかもしれません。
それがどんなに小さなことでも、かけがえのない“自分だけの至高体験”だったはずです。
そんな体験を、もっと大切にしていい。
むしろ、これからの人生は、その時間を“深めていく旅”なんだなあと思うのです。
今後、このnoteでも、本の内容を少しずつご紹介しながら、「至高体験」「至高時間」の意味を、あらためて一緒に考えていけたらと思います。
そして、50代からの生き方が、もっと心豊かで、もっと満たされるものであるように──そんな願いを込めて、これからも書き続けていきます。
どうぞ、お付き合いください。
