AI時代に営業マンが残る5つのコア|Gartnerが予測した「逆転トレンド」が示すもの
連載:AIエージェント時代の組織設計(第5回)
第1回:AIエージェント時代の営業組織設計|"人を切る話"ではなく"人を上に押し上げる話"
第2回:「AIを導入する」のではなく「AIを迎え入れる」|頓挫する5つのパターン
第3回:AIエージェント企業のSierraを徹底解剖|創業2年でARR238億円・評価額2380億円、ソフトウェアの次世代モデルの全貌
第4回:AIエージェント企業のSierraがBtoBに来る日|カスタマーサポートは"足場"、本当の野心はエンタープライズの原子単位
柱記事:AIエージェントは"性能"ではなく"関わり方"|OpenAI×Anthropic、ふたつの視点から見るAI 5段階
前回の連載第4回で、SierraがB2Bエンタープライズに本格進出した世界を描きました。会社のすべての業務窓口がエージェントになり、人は結果だけを述べる——そんな未来です。
記事の末尾で、こんな問いを残しました。
「業務窓口がすべてエージェントになるなら、人間の営業マンは、もう要らなくなるのか?」
今回は、その問いに正面から答えます。
結論を先に言います。B2Bの人間営業は「全置換」されません。AIが半分以上の業務を吸収する代わりに、残った人間営業マンは「信頼・関係・判断・即興・責任」という5つのコアに特化した、より強い職人になります。
そして、ここには多くの人が見落としている、意外な逆転があります。AIが普及すればするほど、人間営業の価値は「下がる」のではなく、「逆に希少になる」のです。一緒に見ていきましょう。
第1章:Gartnerが予測した「意外な逆転トレンド」
まず、多くの人の直感に反するデータから始めます。
調査会社のGartnerは、2030年のB2B購買についてこう予測しています。
「B2B買い手の購買嗜好に、注目すべき逆転トレンドが見られる。数年間にわたって増加していた『営業マン不要・デジタル単独』の購買体験への需要が、いま逆転している。特に複雑で高ステークスの取引において、買い手は本物の人間との関与を求めるようになっている」
そして、具体的な数字も示しています。「2030年までに、B2B買い手の75%が、AIよりも人間との対話を優先する販売体験を好むようになる」。
直感的には、「AIが便利になれば、人間の営業マンは要らなくなる」と思いがちです。しかし現実は逆方向に動いています。
なぜでしょうか。
答えはシンプルです。AIで情報収集・比較・調査が誰でも完璧にできるようになるほど、「最後に責任を持って判断する人間」「自分の状況を本当に理解してくれる人間」の希少価値が、逆に上がるからです。
情報があふれる時代だからこそ、人は「信頼できる一人」を求めます。これが逆転トレンドの正体です。
つまり、AI時代に営業の人数は減ります。しかし、残った人間営業マンの一人あたりの価値は、むしろ上がっていくのです。
第2章:「職人と量産工」というたとえ
この変化を理解するために、たとえ話を1つ。
ある工房を思い浮かべてください。かつてこの工房では、すべての職人が、注文の受付から、材料の仕分け、定型品の製作、一点ものの製作、納品まで、すべてを一人でこなしていました。
そこに、高性能な「量産機械」が導入されました。
量産機械は、定型品を、速く、安く、ミスなく、大量に作れます。受付も、材料の仕分けも、見積もりの作成も、機械が一瞬でこなします。
ここで、ありがちな誤解があります。「機械が来たから、職人は要らなくなる」。
実際は違います。
量産機械が定型品を引き受けることで、職人は「機械には作れない一点もの」に集中できるようになるのです。顧客の微妙な要望を汲み取り、その場で設計を変え、長年の信頼に応える——機械が苦手とする領域に、職人の時間とエネルギーが解放されます。

ここで大事なのは、量産機械と職人は「対立」していないことです。機械が量を捌くから、職人が質に集中できる。両者は補い合っています。
これが、AI時代の営業組織の姿です。AIが定型業務を引き受け、人間が「機械には作れない一点もの」に特化する。
では、その「一点もの」とは、具体的に何なのか。営業の仕事を分解して見ていきます。
第3章:営業の仕事を10に分解する
営業の仕事は、一枚岩ではありません。10の業務に分解すると、AIとの関係がくっきり見えてきます。
AIが引き受ける層(量産機械の領域)
リード調査・スクリーニング → AIが置き換え中
初期のコールドアプローチ → 定型メール・一次対応をAIが処理
CRM入力・商談記録 → 録音から自動で文字起こし・記録
パイプライン分析 → AIが瞬時に健全性を可視化
定型フォローアップ → 完全に自動化
これらは、量産機械が得意とする「定型業務」です。速く、安く、ミスなく処理できます。ここに人間の時間を使うのは、もったいない。
AIが人間を強化する層(職人が機械を使う領域)
商談前の準備 → 過去履歴・競合情報を瞬時にまとめる
提案書のドラフト → 構造をAIが作り、人間がストーリーを乗せる
価格戦略の検討 → データから推奨価格帯を提示
ここは、人間が主役で、AIが優秀な助手として働く領域です。職人が量産機械を使いこなして、仕事の質とスピードを上げます。
人間にしかできない層(職人の一点もの)
そして、残る2つの業務——「複雑な商談のクロージング」と「深い信頼関係の構築」——は、AIには代替できません。
ここが、本記事の核心です。人間営業が最後まで必要とされる「5つのコア」を、次章で深掘りします。
第4章:人間営業が最後まで必要な「5つのコア」
人間にしかできない領域を、5つのコアとして整理します。

コア①:信頼
B2Bの大型契約は、最終的に「この人に任せて大丈夫か」で決まります。これは、情報の質や提案の論理性とは別の、もっと根源的な判断です。
AIは正確な情報を提供できます。しかし、「この人の言うことなら信じよう」という信頼は、人と人の間にしか生まれません。特に長期契約では、会社の信用ではなく、担当者個人の信用が契約の根拠になります。
コア②:関係
大型のB2B取引には、複数の意思決定者がいます。技術部門、経営層、現場、財務、法務——それぞれの懸念、利害、そして時には社内の派閥が、複雑に絡みます。
誰が誰と対立していて、誰の顔を立てれば話が進むのか。この「社内政治の機微」を読み解き、関係者全員の納得を作っていく仕事は、AIには困難です。人間の営業マンが、複数のキーパーソンとの関係を束ねていく必要があります。
コア③:判断
「顧客はAがほしいと言っているが、本当はCが必要だ」。この見極めは、データだけでは下せません。
顧客の言葉の裏にある本当のニーズを読み取り、時には顧客の要望に反する提案をする勇気。これは経験に裏打ちされた人間の判断力です。そして、その判断に「この人が言うなら」という重みを与えられるのも、人間だけです。
コア④:即興
商談中に、競合の急な動き、社内事情の急変、感情的な噴出が起きる。その場で、頭の中のシナリオを組み替え、新しい着地点を見つける力。
AIは「過去のパターン」から学習します。しかし、「今、ここで起きている、誰も経験したことのない事態」には対応できません。経験豊富な営業マンの「ピンチでも動じない胆力」は、AIには再現困難です。
コア⑤:責任
最後に、最も本質的なコア。誰が責任を負うのか、という問題です。
ディールがうまくいかなかった時、AIは責任を負えません。長期取引・継続契約では、「あの人が言ったから」という個人の信用が、契約全体の根拠になります。責任を引き受けられる立場の人間がいることが、取引の土台になるのです。
この5つは、量産機械(AI)には作れない「一点もの」です。そして、AIが定型業務を引き受けるからこそ、人間営業はこの5つに、より深く集中できるようになります。
第5章:日本のB2Bには、もう一層ある
ここまでは、世界共通の話です。しかし日本のB2Bには、欧米の議論には出てこない「もう一層」があります。

日本のB2Bは、「人」を媒介にした信頼ネットワークの上に成り立っています。この構造は、少なくとも今後10年は、強く残ります。
ただし、誤解しないでほしいことがあります。これは「日本では人間営業が今のまま大量に必要だ」という意味ではありません。
むしろ逆です。「少数精鋭のトップ営業が、AIで武装して、組織全体の生産性を引き上げる」方向に進みます。日本特有の信頼文化は、「人間営業の総量」を守るのではなく、「残った精鋭の価値」をさらに高める方向に働くのです。
第6章:営業組織は、こう変わる
5つのコアと日本特有の層を踏まえると、営業組織の未来像が見えてきます。
数字のイメージで描くと、こうなります。
2026年の営業組織 → 2030年の営業組織
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営業マン 100人 営業マン 30〜40人
├ トップ層(一点もの職人) (全員がAIで武装した精鋭)
├ 中堅層(コツコツ型) +
└ 取引型(定型中心) AIエージェント
(定型業務を量産機械として処理)
結果:人数は減る
でも、一人あたりの価値は劇的に上がるここで起きているのは、「職人が量産工に置き換わる」ことではありません。「量産機械が定型業務を引き受け、職人が一点ものに専念できるようになる」ことです。
営業の総人数は、確かに減ります。しかし、残った営業マンは、5つのコアに特化した、より価値の高い職人になります。一人で、かつての何倍もの成果を生み出せるようになるのです。
これが、連載第1回で触れた「人を切る話ではなく、人を上に押し上げる話」の、具体的な中身です。
第7章:次回予告——では、残れない人は、どうなるのか
ここまで、AI時代に人間営業が「残る」理由と、その5つのコアを見てきました。
しかし、正直な疑問が残ります。
「残れる人がいるのは分かった。でも、全員が残れるわけではないはずだ。5つのコアを磨けと言われても、誰もが同じように磨けるわけではない。では、残れない人は、どうなるのか? 一人ひとりに、どう向き合えばいいのか?」
これは、きれいごとだけでは済まない、難しいテーマです。
次回第6回では、この問いに正面から向き合います。「再教育」の正直な話です。5つのコアには、磨けるものと、磨きにくいものがある。全員が同じ場所には行けない——その現実を直視したうえで、それでも全員に道はある、という希望を描きます。
そして最終回の第7回では、その先にある問い——「AI時代の営業組織を、本気で変えるには、誰と、どう始めればいいのか」に答えます。一緒に考えていきましょう。
まとめ
本記事の要点を、もう一度だけ整理します。
B2Bの人間営業は「全置換」されません。むしろGartnerは、2030年までにB2B買い手の75%が人間との対話を優先する、という逆転トレンドを予測しています。AIが普及するほど、信頼できる一人の価値は、逆に高まります。
AIは「量産機械」として定型業務を引き受け、人間は「職人」として、信頼・関係・判断・即興・責任という5つのコアに専念します。日本のB2Bには、稟議・暗黙知・場の共有という、もう一層の人間的な要素も残ります。
営業の総人数は減ります。しかし、残った営業マンは、より強い職人になります。これは「人を切る話」ではなく、「人を上に押し上げる話」です。
あなたの組織のトップ営業は、5つのコアのうち、どれが一番の強みでしょうか。そして、その人がもっと輝くために、どんな定型業務をAIに任せられるでしょうか。少しだけ、考えてみてください。
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次回予告:第6回では、「再教育」の正直な話に向き合います。5つのコアには磨けるものと磨きにくいものがある。全員が同じ場所には行けない——その現実を直視したうえで、それでも全員に道はある、という希望を描きます。
参考文献
Gartner Future of Sales — 2030年までにB2B買い手の75%が人間との対話を優先するとの予測
WEF Future of Jobs Report 2025 — 世界の企業の77%が従業員のリスキルを計画
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