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【#映画感想文】 #ディズニー アニメーション一気に批評 その30『#ポカホンタス』――議論を呼び起こした問題作……? 【#Podcast エピソード紹介】

Reel Friends in Tokyo」は、パーソナリティの“まこ”と“オーマ”がお送りする映画紹介Podcastです。このnoteでは、ポッドキャスト本編で取り上げた話題作や名作、はたまた迷作たちを、番組で語りきれなかった裏話や個人的な深掘り、そしてリスナーの皆さまへの補助情報として、二人ならではの視点で掘り下げていきます。

毎回、Podcastで交わしたトークやディスカッションの要点、まこ・オーマ両名による独自の考察、時に脱線しがちな本音トークから個人的に見た映画Reviewまで、記事としてまとめております。リスナーの方も、そうでない方も、ぜひ肩の力を抜いてお楽しみください。

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ディズニー アニメーション一気に批評 その30

『ポカホンタス』――議論を呼び起こした問題作……?


序章:語りにくい作品

『ポカホンタス』(1995)について語るのは、正直言って難しい。

本作は、ディズニー・ルネサンスに影がさした最初の作品と言ってもいいかもしれない。

というのも、公開後に大きな議論を呼び起こしたからだ。

正直なところ、日本でぬくぬくと育ってきた平均的な男の子目線からすると、動物たちのドラマであった前作『ライオン・キング』に比べて「みたい」と思わせてくれる要素がなく、レンタルビデオに手を伸ばすことなくおとなになってしまった作品でもある。

実際、僕が本作を視聴したのは随分経ってからのことだ。

認知度としても、どうしても他作品には一歩譲る感のある本作。

"Sometimes the right path is not the easiest one."
(翻訳:時には、正しい道は最も簡単な道ではない。)
―― Grandmother Willow (『ポカホンタス』より)

未視聴の方にも興味を持って視聴していただくべく、作品の概要と特性について多少は伝わるように記事化するつもりだ。


第1章:語りにくい作品――ディズニー・ルネサンスに影がさす

1-1. 公開後に大きな議論を呼び起こした

本作『ポカホンタス』は、公開当初から議論の的だった。

興行的には成功した。製作費5500万ドルに対し、全世界興行収入3億4600万ドル。

だが、批評家からの評価は賛否両論。ロッテントマトでは56%と、ディズニー・ルネサンス期の作品としては異例の低さだ。

そして、何より大きかったのが、ネイティブアメリカン団体からの批判である。

1-2. 日本の男の子には刺さらなかった

序章にも述べた通り男の子目線からすると、動物たちのドラマであった前作『ライオン・キング』に比べて「みたい」と思わせてくれる要素がなかった。

『ライオン・キング』には、シンバというカッコいい主人公がいた。
『アラジン』には、ジーニーという愉快な仲間がいた。
『リトル・マーメイド』には、セバスチャンというコミカルなキャラクターがいた。

だが、『ポカホンタス』には?

アライグマのミーコと、ハチドリのフリットがいるが、彼らは脇役だ。

主人公は、ネイティブアメリカンの女性ポカホンタスと、イギリス人入植者ジョン・スミス。

この時点で、日本の男の子には「刺さらない」のだ。

"You think the only people who are people, are the people who look and think like you."
(翻訳:あなたは、人間だと思える人は、自分と同じ見た目で同じ考え方をする人だけだと思っている。)
―― Pocahontas (『ポカホンタス』より)

1-3. レンタルビデオに手を伸ばすことなく

実際、僕が本作を視聴したのは随分経ってからのことだ。

子供の頃、TSUTAYAのディズニーコーナーには、『ライオン・キング』『アラジン』『美女と野獣』・・・誰もが知る名作が並ぶ。

ポカホンタスに手を伸ばすにはまだまだ僕はガキンチョすぎたのかもしれないい。


第2章:あらすじ――二つの世界の衝突

2-1. ポカホンタスという女性

17世紀初頭、北アメリカ・バージニア。

ポカホンタスは、ポウハタン族の族長の娘である。彼女は自由を愛し、自然とともに生きる女性だった。

父は、彼女を戦士コカムと結婚させようとするが、彼女はそれを拒む。

ポカホンタスは、自分の運命を自分で決めたいと願っていた。

2-2. イギリス人入植者の到来

そんな中、イギリスから入植者たちがやってくる。

彼らの目的は、「黄金」を見つけることだった。

リーダーはラトクリフ総督。彼は貪欲で、ネイティブアメリカンを「野蛮人(savages)」と呼び、敵視していた。

一方、若き兵士ジョン・スミスは、冒険心に溢れ、未知の世界に興味を抱いていた。

2-3. 二人の出会い

ポカホンタスとジョン・スミスは、森の中で出会う。

最初は警戒し合うが、次第に心を通わせる。ポカホンタスは、ジョンに自然の大切さ、生命の尊さを教える。

ジョンもまた、ポカホンタスから多くを学ぶ。彼は、ネイティブアメリカンが「野蛮人」ではなく、高度な文化を持つ人々だと気づく。

2-4. 対立と悲劇

だが、両者の対立は避けられなかった。

ラトクリフ総督は、ネイティブアメリカンを攻撃しようとする。ポウハタン族もまた、入植者を敵とみなす。

クライマックス、ジョンはポカホンタスの父を守るため、ラトクリフの銃弾を受けて負傷する。

ポカホンタスは、両者の和解を訴える。

最終的に、ジョンはイギリスへ帰還し、ポカホンタスは故郷に残る。

二人は別れるが、互いへの愛は消えない。

"No matter what happens, I'll always be with you. Forever."
(翻訳:何が起きても、私はいつもあなたと一緒よ。永遠に。)
―― Pocahontas (『ポカホンタス』より)


第3章:そもそもの題材としての難しさ――史実との乖離

3-1. 常にインディアン団体からの批判の的に

本作は、常にネイティブアメリカン団体からの批判の的になってきた。

曰く、史実に則っていない。
白人の入植を美化している。
ポカホンタスが性的である。
インディアン女性に見えない。
インディアン描写にズレがある。
白人からの罵倒の言葉が激しい。
誤ったステレオタイプを助長する。

なぜ、ここまでの批判的な意見にさらされたのか、といえば、そもそもの題材選びにこそ問題があったと言う他ない。

"History is written by the victors."
(翻訳:歴史は勝者によって書かれる。)
―― Winston Churchill

3-2. アラジンを手がかりにした世界展開

『アラジン』を手がかりにして、世界中の物語のアニメーションとしてのリテリングへと展開していこうと考えていたであろうディズニーは、本国アメリカにルーツをもつ先住民族の物語として『ポカホンタス』を取り上げたのだろう。

だが、これは大きな誤算だった。

『アラジン』は、『千夜一夜物語』という古典をベースにしている。だから、多少の脚色や改変は許される。

だが、『ポカホンタス』は違う。

これは、実在の人物であり、実際の歴史である。

3-3. ポカホンタスに関する記録の不確定さ

しかも、そもそもポカホンタスに関して残された逸話の数々は、不確定な要素が多すぎるのだ。

彼女の記録は基本的に白人入植者であったジョン・スミスの口から語られたものが占めるが、それですら概ね3つほどのエピソードのみ。

最も有名なものは、スミスが族長に処刑されかけているときに命を呈して助けてくれた、というものだが、当時10歳ほどの彼女がそのような行動にでるだろうか。

しかも、それらの信憑性に関しては大きく疑問視されているものばかり。

彼女の死後に彼女を神聖視する見方もあったが、それらもある意味では白人入植者にとっての都合という側面が強い。

3-4. 記号化されたポカホンタス

また、聖人として祭り上げることは、ある意味では人格を奪い、記号化することとも取れる。

事実、ポカホンタスはニックネームであり、彼女自身の本名は広く知られていない。

彼女の本名は、マトアカ(Matoaka)である。

だが、誰もそれを知らない。彼女は「ポカホンタス」として記号化され、消費された。

"They can take our lives, but they'll never take our freedom!"
(翻訳:彼らは我々の命を奪えるが、自由は決して奪えない!)
―― William Wallace(映画『ブレイブハート』より)

3-5. 年の差をフィクションとして変更

彼女を記号化して体よく利用した入植者と見られる人物と、ポカホンタス自身を(年の差をフィクションとして変更してまで)カップルとして描いた本作は、たとえその恋の行方が別離の道であったとしても、大きく問題になるに決まっている。

史実では、ポカホンタスとジョン・スミスが出会ったとき、彼女は10歳前後、彼は27歳だった。

ディズニー版では、ポカホンタスは18歳前後の美しい女性として描かれている。

これは、明らかに「ロマンスを描くため」の改変である。

3-6. そもそも題材として選ぶべきものではなかった

そもそも、題材として選ぶべきものではなかったのではないか。

あるいは、選ぶのであれば、徹底して調査を行い、広く知られない、ポカホンタスではなくマトアカとしての彼女の物語を編むべきであったのかもしれない。

だが、ディズニーはそれをしなかった。

代わりに、史実を都合よく改変し、ロマンス映画を作った。

"The truth is rarely pure and never simple."
(翻訳:真実はめったに純粋ではなく、決して単純ではない。)
―― Oscar Wilde


第4章:歌唱に関する指摘――Savagesという問題曲

4-1. 劇中歌Savagesはかなり過激

ただ、歌唱に関する指摘に関しては、違う角度で見てもいいかもしれない。

劇中歌の「Savages」は、かなり過激な歌詞が並ぶ。

「野蛮人どもを殺せ!」
「悪魔のような奴らだ!」
「人間じゃない!」

これに対して、人種間の対立を煽る、インディアンに対する差別的な表現が含まれる、子供が差別的な表現を覚えてしまう、といった問題が指摘されている。

確かに、作品が親しまれることによって、作劇の中で演出に使われた音楽もまた刷り込まれていくことを考えると、それは至極真っ当な意見に見える。

4-2. Savagesに込められたメッセージ性

ただ、作品を見れば「Savages」に込められたメッセージ性は、もう一段深く見える。

面白いのは、白人入植者からの先住民族に対する差別用語として使われたこの言葉が、両者の対立の中で相互に使われるというところだ。

つまりは、文化齟齬によって生まれる対立が、互いをSavagesに見せていることの愚かさや悲しさをそこに描いている。

メッセージや表現としては、とてもおもしろい構図だ。

"What is straight? A line can be straight, or a street, but the human heart, oh, no, it's curved like a road through mountains."
(翻訳:まっすぐとは何か? 線や道はまっすぐかもしれないが、人の心は違う。山を通る道のように曲がりくねっている。)
―― Tennessee Williams

4-3. 汚い言葉に触れさせないというジレンマ

大人は子供を汚い言葉に触れないように育てたがるが、汚いものを見せないことには、なぜそれを避けるべきなのかを理解できない、というジレンマもまたある。

実際、黒人奴隷が白人の子どもたちと仲良く暮らしてました的な描写で、見事に発売禁止になった黒歴史作品とも言える『南部の唄』(1946)をディズニーは既に抱えている。

事実、そこにあった対立のなかで用いられていたであろう言葉に蓋をすることは、かえってそこにあった悲劇に蓋をして見ないふりをすることにも繋がらないか。

4-4. 双方の対立を均衡したもののように描く危険性

ただ、それは事実そこに白人入植者による先住民族への殺戮があり、両者が不平等な関係にあったことを考えると、双方の対立をまるで均衡したもののように描くのは、いくらか気がかりでもある。

また、多民族国家として成り立っているアメリカにおいては、特にデリケートな問題でもあることは確かだ。

僕らはある種、凄惨な過去に対する捉え方や表し方を常に問われている。

事実を事実として伝えようとしても、不備や齟齬は生まれるし、脚色してきれいな世界を描いても、それは事実の歪曲として批判されるだろう。

"The past is never dead. It's not even past."
(翻訳:過去は決して死なない。過去ですらない。)
―― William Faulkner

4-5. あやふやな状態で橋を渡り始めてしまった

『ポカホンタス』は、ある意味ではそうしたアンバランスでリスクの高い挑戦という橋を、おそらくは心柱になりうるであろう「事実」があやふやな状態で渡り始めてしまった。

そして、その結果が、今も続く議論なのだ。


第5章:評価すべき点――音楽とアニメーションの美しさ

5-1. 肝心のストーリーが前提から批判のもと

肝心のストーリーが前提から批判のもとになっていることはさておいて、本作の音楽は僕は認めている。

スケールの大きさや、込められた思い、どれをとっても、やはりディズニー・ルネサンスの底力を感じさせる。

5-2. Colors of the Wind の圧倒的な美しさ

特に、「Colors of the Wind」は、本作の代表曲である。

この曲は、アカデミー歌曲賞を受賞し、ディズニーの名曲の一つとして今も愛されている。

"You think you own whatever land you land on, the Earth is just a dead thing you can claim. But I know every rock and tree and creature has a life, has a spirit, has a name."
(翻訳:あなたは自分が足を踏み入れた土地は全て所有できると思っている。地球はただの死んだものだと。でも私は知っている、全ての岩や木や生き物には命があり、魂があり、名前があることを。)
―― Colors of the Wind (『ポカホンタス』より)

この歌詞は、深い。

自然との共生、生命の尊厳、文化の多様性――全てがこの一曲に込められている。

また、そこに先住民族が抱えるアニミズムの思想が見えることもまた趣がある。

5-3. アニメーション描写もいい

アニメーション描写もいい。

芸術的センスも光る。

自然の表現も雄大で、アメリカの原生林や日本にはまずない川の流れなど、見ていて気持ちがいい。

特に、風の表現が素晴らしい。

ポカホンタスの髪が風になびくシーン、木の葉が舞うシーン――これらは、アニメーションの美しさを極限まで追求している。

5-4. ディズニー・ルネサンスの底力

音楽、アニメーション、美術――全てが最高レベルである。

ディズニー・ルネサンスの底力を感じさせる。

問題は、ストーリーとテーマだけなのだ。

"Art should comfort the disturbed and disturb the comfortable."
(翻訳:芸術は、乱れた者を慰め、安らかな者を乱すべきだ。)
―― Banksy


第6章:日本ではどうだったろうか――興行的な失敗

6-1. 人種的な問題視の声が届かなかった

ただ、人種的な問題視の声が届かなかった(まして当事者でないために意識的にそこに関心を持って言及するもののなかった)日本においては、どうだったのだろうか。

日本国内の興行収入を観るとわかりやすい。

本作の日本での興行収入は、約22億円。

これは、『ライオン・キング』(約66億円)、『アラジン』(約39億円)、『美女と野獣』(約65億円)と比べると、かなり低い。

6-2. マスコットキャラクターの魅力不足

マスコットキャラクターもそこまでの魅力を持ち合わせておらず、物語としても子供にはわかりにくい。

アライグマのミーコと、ハチドリのフリット――彼らは可愛いが、ジーニーやセバスチャンのような強烈なインパクトはない。

おとぎ話のお姫様、ではなく、ある種等身大の女性を描こうとした(あくまで「した」であって「できた」とは言わないが)ぶん、国内では女児の関心を得ることも難しかったのかもしれない。

6-3. 色々考えてやったはずなのに

ある意味では、色々考えてやったはずなのに、なにをしたかったのかが分かりづらいものができてしまった、そんな作品に感じさせられるのだ。

そんなことは一般的なビジネスマンだったら一度や二度経験があるだろう。
一度や二度で済めばまだいいほうかもしれない。
ただ主語がディズニーとなると問題が大きく見えてしまう。

ディズニーは、野心的な試みをした。

だが、その野心が空回りしてしまった。

"The road to hell is paved with good intentions."
(翻訳:地獄への道は善意で舗装されている。)
―― Proverb


第7章:それでもみてほしい――批評的鑑賞のすすめ

7-1. ここまでの話でどれほどの興味が湧いたろうか

ここまでの話で、どれほどの興味が湧いただろうか。

おそらく、「観たい!」というよりは、「なんだか問題作なんだな……」という印象を持ったかもしれない。

だが、それでいいのだ。

7-2. 分析的に観る楽しさ

僕個人としては、ディズニー作品として楽しむ、というよりは、社会的文化的文脈として分析的に観る楽しさを進めたい。

描写の何が人々を刺激したのか。
本作が描こうとしていたテーマは何だったのか。
プロットの問題点はなにか。
現代で描こうとしたら、どのような作品になるか。

これらを考えながら観ることで、本作は「問題作」から「教材」へと変わる。

"The unexamined life is not worth living."
(翻訳:吟味されない人生は、生きる価値がない。)
―― Socrates

7-3. アニメーションを入口として時代性を読み解く

アニメーションは、時代の中で成長し、今や巨大なコンテンツの一つになっている。

アニメーションを入口として時代性を読み解くのも、もはや珍しい試みでもなんでもなくなってきた。

『ポカホンタス』は、1990年代のアメリカが、どのように「歴史」と向き合おうとしていたかを示す作品である。

そして、その試みが、どのように失敗したかをも示している。

7-4. 南部の唄と違って本作はディズニープラスでも見られる

『南部の唄』と違って、本作はディズニープラスでも見られる。

ぜひ、批評的に鑑賞していただきたい。

そして、考えてほしい。

歴史をどう描くべきか。
異文化をどう理解すべきか。
過去の過ちを、どう伝えるべきか。

"Those who cannot remember the past are condemned to repeat it."
(翻訳:過去を忘れる者は、それを繰り返す運命にある。)
―― George Santayana


エンディング:問題作として語り継がれる意味

『ポカホンタス』は、失敗作かもしれない。

だが、それでも語り継がれる価値がある。

なぜなら、この作品は「良い意図だけでは十分ではない」ことを教えてくれるからだ。

ディズニーは、多様性を描こうとした。
ネイティブアメリカンの文化を尊重しようとした。
歴史を伝えようとした。

だが、それだけでは足りなかった。

徹底した調査、当事者の声、そして謙虚さ――これらが欠けていた。

"Mistakes are the portals of discovery."
(翻訳:間違いは発見への入口である。)
―― James Joyce

『ポカホンタス』の失敗から、僕らは多くを学べる。

だから、観てほしい。批評的に。分析的に。

そして、考えてほしい。僕らは、歴史とどう向き合うべきなのか、と。


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