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【落語】三味線の稽古

ここに月乃音という評判の三味線の師匠がおりまして、
「(身支度しながら)今日は誰の稽古だったかしらねえ」
「おっしょさん」
「ああ、おさわちゃんか。今日はあんたの稽古だったね。さあ、お座りよ」
「はい……お願いします」
「それじゃあ、こないだのをさらってみようか」
「はい……あの、これ、おっかさんがおっしょさんにって」
「なんだい……ああ、花見団子かい。ありがたく頂戴しますよ。もうそんな季節なんだねえ」
「そうなんですよ。そろそろ見ごろじゃないかって。だからあたしもおっかさんと花見に行こうって」
「いいねえ。大川の堤もいい塩梅に咲いてるころかね」
「きっとそうですよ。ああ、早くお花見に行きたい」
「おやおや、またおさわちゃんのおしゃべりが始まっちまった。それじゃ、稽古も進まないよ。こないだのをさらうよ」
「はい、お願いします」
「じゃあ、やるよ。チントンシャン」
「チントンシャン?」
「ちゃんと聞いとくれよ。チントンシャン」
「チントン……んん、ちゃんと聞いてるんだけど……おっしょさん、三味線の音もいいけど、声もいいですよね」
「なに言ってんだい。おだてたって手加減なんてしやしないよ。ほらほら、やるよ」
「いえいえ、本当に。うちじゃあ、おっしょさんが美人だって言ってて。おとっつぁんなんか、お前も少しはあやかれって言って」
「あたしゃ、顔を売ってんじゃないよ。三味線の指南をしてんだよ」
「そうだけど……でも美人だけど、男嫌いなのはいけねえっておとっつぁんが」
「そんなこと言われてもねえ。男嫌いったって、三味線の稽古くらいはできるし……で、あんたは稽古しないのかい?」
「し、します!」
「よし、じゃあやるよ、チントンシャン」
「チントン……でもね、あたし、いくらお稽古してもうまくなんなくて」
「なにを言い出すんだい、この子は。そんなことないよ。ちゃんと稽古すればいいんだから」
「でも、でももうやめたほうがいいのかしらって」
「そんなことお言いでないよ。おしゃべりやめて、稽古してごらんよ。そうすればうまくなる。ほら、やってごらん」
「そ、そうですよね。お稽古します」
「そうそう、その意気だよ。いいかい、チントンシャン」
「チントンシャン」
「チントンシャン」
「チントンシャン」
「ほらほら、うまくなってきたじゃないか。じゃあ次やるよ。ツンツントン……あら、おしずちゃん。もうそんな時間かい。おさわちゃん、あんたの稽古はもう終いにしよう」
「えっ、今やっと始めたと思ったのに」
「おしずちゃんが来たからね。また明日にしよう」
「はい。ありがとうございました」
「さあ、おしずちゃん、お座りよ」
おしずが座る。
「じゃあ、稽古を始めようか」
おしずがおじぎをする。
「こないだの覚えてるかい? それをさらってみようかね」
おしずがうなずく。
「さて、せえの、トントンテン、トントンテン、うん、トントンテントントンテトテン。そう、テントンテントントンテトテン。おしずちゃん、うまくなったね」
おしずが恥ずかしそうに顔を伏せる。
「どうだい、おしずちゃん。長唄でもやってみるってえのは?」
「長……唄?」
「そうだよ。そろそろ、やってみてもいいころあいだよ」
「でも」
「あんた恥ずかしがり屋だけどね。大丈夫。あんたなら、できるよ」
「……はあ」
「じゃあ、やってみるよ。見といとくれ。テントントン、テントン ♪こ~と~し~よ~り~。どうだい? やってごらん」
「はい……テントントン、テントン ♪こ、こ、こ、こ~、こ~、こ~……」
「なんだい、そのこっこっこってえのは。にわとりじゃないんだよ」
「……は……い」
「そこは、♪こ~、だよ。どうだい?」
「(うなずき)♪こ、こ、こ~、と~、し~(声が消える)」
「声はこっから出すんだ(帯を叩く)恥ずかしがってんじゃないよ」
「は……はい」
「じゃあ、もう一回やってごらん」
「(うなずいて)♪こ、こ~、こ~と~し~いよ……お……り」
「ちったあ声が出てきたかね?」
「こんちはあ、師匠います?」
「おや、熊さんかい。もうそんな時間か」
「いえね、今日は巳の日で一粒万倍の日で天赦日でしょ。稽古するにゃいい日ですからね、早く来ちまいました。もっともね、師匠のお顔が見たかったからなんすけど」
「ったく、相変わらずだね……おしずちゃん、熊さん来ちゃったから、あんたの稽古はここまでにしとこうか。なにほっとした顔してんだい。さっきの節もさらっといとくれよ」
「……はい。ありがとうございました」
おしずがおじぎをする。
「さあ、熊さんお座りよ」
「へえ……んん、師匠、あいかわらずおきれいですね」
「よけいなおしゃべりはいいから、さっさと支度しとくれ……いいかい。よく見ておいで。チントンシャン……違うよ。顔を見るんじゃないよ。手を見るんだよ……チントン……なんで右手だけ見てんだい……チントン……だからって左手だけ見てたって、しょうがないだろ。両方の手を見るんだよ。チントンシャン……ったく落ち着かないねえ。なにキョロキョロしてんだい。両方一遍に見らんないのかい?」
「いや、そんなわけじゃあ。あ~、でももっと近くで見ねえとわかんねえかな」
熊五郎が立ち上がろうとする。
「そんなわけないだろ。目の前にいるんだから、それ以上近くで見たって変わりゃしないよ。ほら、そこにお座り……そう、それで両方の目で両方の手を見る……いいかい? チントンシャン。わかったかい? わかったんならやってごらんよ……チン……トン……シャン……そう、できるじゃないか。じゃあ次やるよ。ツンツントン」
「ツ……ン……ツ……ン……んん、師匠、こんなちょっとずつやってたら、どんな節だったか忘れちまいますよ。今日は一遍、みんな演ってもらえませんかね」
「ああ、そうかね。じゃあ、ひとつ演ってみるか。よくよく見といとくれよ」
「へえ」
「じゃあ、やるよ。チントンシャン、チントンシャン、ツンツントン、チントンシャン、チントンシャン、ツンツントン」
だんだん熊五郎の顔が月乃音の右手に吸い寄せられていく。月乃音、手を止めて、身を引き、
「熊さん、なにやってんだい。そんな稽古してたら、バチが当たるよ!」
「いや、今日は巳の日で一粒万倍の日で天赦日ですからね、バチなんて当たりゃしませんよ」

こしらえたのは2026年3月。”創作×体験” 落語塾!の最終課題。規定は原稿用紙8枚ですが、上演台本になって、少々オーバーしました。
今回は演じることまで自分でやるので、稽古してる間にもどんどん変わってしまいまして、実際の上演台本になります。(一部上演時の誤り修正済)


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