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47回目のがん治療で聞こえた、不安の声とあの時の僕たち

1、隣のベッドから聞こえてきた声


病院のベッドに横になっていると、隣から聞こえてくる声があります。

それは、ただの会話のようでいて、どこか心に残る声でした。

先日、47回目のがん治療を受けてきました。

僕の病気は悪性黒色腫。メラノーマとも呼ばれる皮膚がんが肺に転移し、今はオプジーボという薬で免疫の働きを高める治療を続けています。

月に1回の点滴です。

その治療も、あと1回で丸4年になります。

ガンセンターで点滴を受けている時、近くのベッドから看護師さんと薬剤師さんの声が聞こえてきました。

どうやら、新しくオプジーボの治療を始める患者さんに、薬の説明や副作用について話しているようでした。

説明そのものは、きっと丁寧で、必要なものだったと思います。

でも、その会話の向こう側から、患者さんの不安が伝わってくるような気がしました。

初めての治療。

体の中に薬を入れる。

しかも、がんの治療として。

先生から説明を受けていたとしても、いざ点滴の段階になると、心がざわつくのは当然だと思います。

怖くないわけがないですよね。

その声を聞きながら、僕は4年前の自分たちのことを思い出していました。

肺への転移を告げられた時のこと。

そして、治療が始まると決まった時のことです。


この記事について


僕のポッドキャスト番組「バリアフリー探求所」で、1年前に配信したエピソードをもとに、AIで再構成した実験的記事です。

音声配信(stand.fm、各ポッドキャスト、YouTube)とnote合わせて2,000フォロワーを目指しています。フォローよろしくお願いします!


2、僕と妻が淡々としていた理由


肺への転移が分かり、入院してオプジーボの治療を始めることになった時。

実は、僕も妻も、不思議なくらい冷静でした。

命に関わる病気です。

普通なら、もっと動揺してもおかしくないと思います。

落ち込んだり、取り乱したり、これからどうなるのかと不安でいっぱいになっても不思議ではありません。

でも、あの時の僕たちは、どこか淡々としていました。

「あ、そうですか。じゃあお願いします」

そんな感じに近かったと思います。

もちろん、心配がなかったわけではないと思います。

本当に何も感じていなかったわけでもないでしょう。

ただ、パニックにはならなかった。

目の前の事実を、事実として受け取っていたように思います。

なぜ、あんなふうに受け止められたのか。

今になって考えると、ひとつ思い当たることがあります。

それは、僕がその前に、網膜色素変性症という視覚障害の診断を受けていたことです。

目が見えにくくなっていく。

将来的に、さらに見えなくなる可能性がある。

その難病の宣告は、当時の僕をかなり深いところまで落としました。

あの時は、ずいぶん落ち込みました。

妻にも一方的に当たってしまい、迷惑をかけました。

自分の中で受け止めきれないものを、身近な人にぶつけてしまっていたのだと思います。

あれは、今思い返しても、決してきれいな時間ではありません。

でも、あの時間があったからこそ、僕たちは一度、絶望に近いものを経験していたのかもしれません。

そこから、少しずつ立ち上がる時間も経験していた。

だから、がんの転移という事実を前にした時も、まったく別の出来事ではありながら、どこかで「また向き合っていくしかない」と思えたのかもしれません。

病気に慣れる、という言い方は少し違う気がします。

慣れたくて慣れるものでもありません。

でも、人は一度大きな出来事を経験すると、その後の出来事の受け止め方が変わることがあるのだと思います。

それが強さなのか。

諦めなのか。

経験なのか。

自分でも、はっきりとは分かりません。

ただ、あの時の僕と妻は、たしかにそれまでの時間を背負って、そこにいたのだと思います。


3、人それぞれの受け止め方がある


隣のベッドから聞こえた不安の声を、僕は他人事のようには聞けませんでした。

でも同時に、自分たちと比べてどうこう言うものでもないとも思いました。

病気をどう受け止めるか。

治療を前に、どんな感情になるか。

それは、本当に人それぞれです。

淡々としている人もいる。

不安でいっぱいになる人もいる。

怒りが出る人もいる。

何も考えられなくなる人もいる。

どれが正しい、という話ではないんですよね。

その人が歩んできた時間。

過去に経験してきたこと。

支えてくれる人の存在。

その時の体調。

説明の受け止め方。

いろいろなものが重なって、その瞬間の反応になるのだと思います。

だから、病気に対して前向きでなければいけない、とも思いません。

強く受け止めなければいけない、とも思いません。

怖い時は怖い。

不安な時は不安。

それも、その人にとっての大切な一次情報だと思います。

僕自身も、いつも強いわけではありません。

たまたま、がんの治療に関しては淡々として見えただけかもしれません。

別の場面では、簡単に揺れることもあります。

人間って、そんなに一枚岩ではないですよね。

もうすぐ、治療開始から丸4年になります。

この先、オプジーボをどう続けていくのかは、先生と相談しながら決めていくことになります。

今のところ体調は安定しています。

でも、未来のことは誰にも分かりません。

だからこそ、僕はやっぱり、今ある時間をどう過ごすかを考えます。

僕の人生のテーマは「楽しんで生きる」です。

これは、無理に明るくするという意味ではありません。

不安がある日も、体調が気になる日も、見えにくさに困る日もある。

それでも、その中で何を見つけるか。

どんなふうに今日を過ごすか。

そこに、自分なりの楽しみを置いておきたいのです。

隣のベッドにいた患者さんも、今は不安の中にいるのかもしれません。

でも、いつかその人なりのペースで、治療や病気との距離を見つけられたらいいなと思いました。

僕にできることは多くありません。

ただ、47回目の治療を受けながら、あの声を聞き、4年前の自分たちを思い出した。

その出来事を、こうして言葉にしておくこと。

それもまた、僕にとっての「バリアフリー探求所」なのだと思います。

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