受け止めてもらえるという安心感。
安心感を得られる、っていうことはほんと大事だと思っていて。
自分で自分に安心感をつくれるっていうのも必要だと思うし、
誰かから、どこかから、安心感を得られるのもいいと思う。
で、「受け止めてもらえる」っていうのはすごい安心が得られるものだと思う。
別に、めちゃくちゃ肯定されるとかほめられるとかポジティブな反応がほしいってわけではなく。
ただ聞いてもらえるとか、見ていてくれるとか、そういうのでよくて、そういうのがいいよね?
コーチングとかの需要もそこらへんにあるのではないかと思う。
報告したりして、それを見てもらえていると思える。見てもらえるから報告するし、報告できるようにちゃんとやろうと思う、とか、そういう感じ。
小さい子が親に見てーって何か見せに行くのも同じような感じかなとも思う。
ほめられるために見せるのでなく(ほめられたら嬉しいけど)、アドバイスとかがほしいわけでなく、そうなんだね、よかったね、って受け止めてくれたらよい。
*
受け止めてもらう、見てもらう聞いてもらう、というと、承認欲求のように感じるけど、それとは違うとも思う。
ほめてほしい、認めてほしい、評価されたい、っていうのではなくて。
ただそこにいてくれたらいいというか。
何かしてくれることを期待するわけでなくて、届ける先があれば届けられる感じ。
受け取ってもらえるのかわからない、受け取ってくれる人がいるのかわからない、っていうのは不安になる。
届ける先があるっていうのはすごい気持ちが楽になれると思う。
届けられる、届けていいって思えるっていう安心感。
*
そういう意味では、「ライティング・ライフ・プロジェクト」って、参加してくれる方の気持ちや未来や過去や変化を、受け取っていくプログラムだと思う。
ファシリテーターが受け取る前提で、考えたり書いたりしていくところが多いと思う。
受け取ってもらうために書くのではなのだけど、受け取ってくれるから書けるってところはある。
書いてみたら、苦手でもがんばってみたら、それは確実に受け取ってもらえる。
そういう安心感があってがんばれるし、楽しめる。
*
「受け止められる」っていうのは、誰かに頼ることでもあって、なので「誰か」に頼らなくても自分でできる方がいいのかもしれない。
自分で自分をなんとかできたら楽だとも思う。
でも、なんでも自分でできてそこで完結してしまうなら、人との関りっていらなくなってしまうことになる。
そうでないから、人と人とが関わるのだし、助け合ったりするのだと思うし、そもそもひとりっきりで生きていられないのだから助け合ったりして関わりあうようにできているんじゃないかなとも思う。
だから、頼っていいし、届ける先を求めていいし、そうやってがんばれたらいいんじゃない?
*
ライティング・ライフ・プロジェクト0期、募集開始しました。
※0期のみモニター価格になります。残2席。
お問い合わせなどはこちらからどうぞ。
