Vol.36 お酒は少量なら体にいい?
「お酒は少量なら体にいい」——この通説は、最新研究で否定されつつあります。
Vol.11 Vol.11 専門家に「何か一つ」と聞いたら、全員がこれを答える。|ドクターO では、専門家として「何か一つだけ予防の優先順位を挙げろ」と言われたら迷わずタバコを挙げる、という話を書きました。今回はもう一つ、Vol.11で軽く触れただけのアルコールについて、深く掘り下げます。
「少量のお酒は体に良い」——今も信じている方は多いと思います。かつては医師もそう言っていました。
「百薬の長」の根拠は、かつての観察研究で「少量飲酒群が非飲酒群より一部の疾患リスクが低い」というデータが示されていたことです。しかし、これらの研究には交絡因子の影響が指摘されてきました。代表的なのが「sick quitter効果」——もともと体調が悪い人が飲酒を控えるため、非飲酒群に病気のリスクが偏る、という現象です。この交絡を補正すると、少量飲酒の保護効果は大幅に縮小することがわかってきました。
国際がん研究機関(IARC)はアルコールを「グループ1(ヒトに対して発がん性がある)」に分類しています(IARC Monographs Vol.100E, 2012)。少量であっても、口腔・咽頭・喉頭・食道・肝臓・大腸・乳房のがんリスクが上がることがわかっています。
そして2018年、医学誌Lancetに掲載されたGBD 2016 Alcohol Collaboratorsの大規模解析が、決定的な結論を出しました。195の国・地域、延べ2800万人規模のデータ統合解析により、「健康への悪影響を最小化するアルコール摂取量はゼロである」と結論づけたのです。少量の飲酒が虚血性心疾患などをわずかに予防する可能性は完全には否定されていませんが、がんリスクの増加でそれが飲み込まれてしまうのです。
さらに2023年、JAMA Network Openに発表されたZhao Jら(JAMA Netw Open 2023)の大規模メタ解析は、より決定的でした。107の前向きコホート研究・約490万人のデータを統合し、従来の研究で「非飲酒群」に含まれていた元飲酒者(健康上の理由で飲酒をやめた人)を除外して再解析したところ、少量飲酒の保護効果は消失しました。「少量なら体に良い」という長年の通説は、参照群の設定という方法論的な問題(sick quitter効果)によって生じた見かけ上の効果であった可能性が高いことが示されたのです。「少量なら体に良い」という長年の通説は、強固なエビデンスでは支えられていないのが現状です。
ただ、私は「一滴も飲むな」と言いたいのではありません。
お酒は人間関係を豊かにし、人生を彩る文化的なツールでもあります。リスクを正しく理解した上で、「この一杯の楽しみのために少しだけリスクを使う」という自覚的な選択は、立派な自己決定です。Vol.24で書いた「自分で選ぶ」姿勢は、ここでも本質です。
問題は「体に良いと思って飲むこと」です。お酒は嗜好品です。健康のためのサプリメントではありません。
この前提を踏まえた上で、飲む量・頻度・休肝日を意識的にコントロールする「スマートな飲み方」が、Well-beingの観点では合理的な選択です。具体的には、厚生労働省「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」(2024年)が、生活習慣病のリスクを高める飲酒量の目安として、男性で純アルコール40g/日以上、女性で20g/日以上を挙げています(純アルコール20g≒ビール中瓶1本、日本酒1合、ワイン200mL)。これを上回る方は、まず量を意識するところから始めてみてください。
「楽しみのためのリスクテイク」と認識し直すこと——それがアルコールとの最も健全な距離感だと考えています。
出典:
GBD 2016 Alcohol Collaborators. “Alcohol use and burden for 195 countries and territories, 1990–2016.” The Lancet. 2018;392(10152):1015-35. doi:10.1016/S0140-6736(18)31310-2
Zhao J, Stockwell T, Naimi T, et al. “Association Between Daily Alcohol Intake and Risk of All-Cause Mortality: A Systematic Review and Meta-analyses.” JAMA Netw Open. 2023;6(3):e236185.
IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans. Volume 100E: Personal Habits and Indoor Combustions. 2012. https://publications.iarc.fr/123
厚生労働省「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」(2024) https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_37908.html
*noteの記事の内容は筆者の個人としての見解です。筆者所属の医療機関の見解とは一切関係ありません。内容の正確性には細心の注意を払っておりますが、万が一不適切な内容がございましたらご指摘いただけましたら幸いです。
いいなと思ったら応援しよう!
公益性も考え、私のnoteでの記事は、一部を除いて無料公開しております。
活動の原資は皆様からのご厚意・サポートとなりますので、応援しても良いよ、とお感じになられた方はよろしければサポートをお願いいたします!!