【小説・ヴィーナス症候群】〔456〕去る者は追わず
生まれつき両腕のない女性——「ヴィーナス児」と呼ばれる人たちが、一万人に一人ほど生まれる時代。
その身体を活かし、衣装展示や着用モデルとして働く人は、「トルソーさん」と呼ばれていた。
家久綾音は、原宿のガーリーブランド〈Ria〉に所属する専属トルソー。
大学を出てすぐに入社し、もうすぐ二十五歳になる。
〈Ria〉の服は、もともと十代後半の女の子を想定して作られている。
甘い色と軽い布。着るたびに、年齢との距離を意識するようになった。
鏡の前でドレスを整えるたび、そろそろ限界かもしれないと思う。

あの日、人目も憚らず涙を流してしまったので「去る者は追わず」という雰囲気になってしまっているような気がする。(第429話)
だから、次を探している。
夜更けの光だけが、部屋の隅を照らしていた。
「別のブランドのトルソーになってもまた数年で同じ問題に突き当たるだろうし…」(第449話)
閉じたはずの求人サイトを、また開いてしまう。
“もっと手に職を”と打ち込んで検索した義手の指先が、空虚なページの海をさまよう。
義肢メーカーの求人が、いくつか出てきた。
展示支援従事者。義肢着装支援。どこかで聞いた肩書きだ。
コルチカムの会で、義肢の展示会に立つトルソーさんの話を聞いたことがある。
年齢に関係なく続けられそうな仕事。
四十歳ぐらいになってもできるかもしれない——そんな想像が浮かぶ。
サイセイ義肢は、結菜ちゃんが続けている。(第330話)
イソジマ義肢も、つくばのギガテックスも、今は空きがないらしい。
誰かが辞めなきゃ入れない。
結局、この世界も同じだと思う。
タブを閉じる前に、別の窓が目にとまる。
「トルコミ」で流れてくる、フリーのトルソーたちの投稿。
どこかのスタジオ、百貨店の展示、海外案件のタグ。
“募集”なんてものはなく、なりたい人が名乗るだけの世界。
光が当たるのは、いつも他人の身体だった。
一日ごとに現場が違う。
スケジュールのやりくり、確定申告、営業メール。
そういうことをこなせる人が、ほんとうの意味で“自由”なんだと思う。
自分にできる気はしなかった。
着ることは得意でも、動かすのは苦手だ。
どの選択肢にも、手が届かない。
安定した義肢系も、自由なフリーも、どちらも遠い。
働くということ自体が、年齢や才能の順に階段のように積み上がっていて、
もう上を見上げることに疲れてしまう。
画面の求人ページを閉じると、部屋の中が急に静かになった。
いま鳴った通知音が、自分宛てではないと気づくのに、少し時間がかかった。
作る人たちは、別の光の中にいる。
その光を見ているだけで、もう胸がいっぱいになる。
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