【小説・ヴィーナス症候群】[563]いつでもどこでも大雪を
浪速大学の研究倫理審査委員会に現れたのは、理学研究科気象学教室の岡田准教授だった。
「この研究は画期的な研究なのです」
その一言で、事務局員の薮内蘭の胸に、嫌な予感が走った。
「この物質を空にばら撒きます。すると空気中の水蒸気を吸い集め、氷晶核を形成する。冬であれば、いつでも大雪を降らせることができるのです」
「なんとなれば大阪を一面の銀世界にすることもできます。いや、豪雪地帯にだってできる」
岡田の声には、興奮が混じっていた。

「はあ、そうですか……ほな、申請書類をチェックさせていただきますね」
薮内蘭はそう答えながら、内心では別のことを考えていた。
大阪が大雪になったら、どうなるのだろう。電車は止まり、阪神高速も止まり、市内は大混乱になる。
そのとき、この准教授は責任を取ってくれるのだろうか。
もっとも、事務局にそれを止める権限はない。
申請書類に不備がなければ、あとは委員会に回すだけだ。
机の上に置かれた申請書の表紙には、無機質な研究課題名が印字されていた。
「局地降雪誘導物質の環境影響評価」。
その日の大阪の空は、まだ、何事もないように曇っていた。
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