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【小説・ヴィーナス症候群】(733)「ケンカするな」って俺にだけ言うなよ

武隈莉子は、ドレスブランドFeliceで試着モデル(トルソーさん)をしている。

園田奈津は、中学時代に莉子とサッカー部でツートップを組んでいた。
その後、早稲田を出て東西新聞社に入社したが、休職を経て退職。
今は米軍基地のPXで売り子をしている。

二人が今、並んでいるのはライブハウスの前だった。

今夜の出演はKAI。
黒人ハーフのミュージシャンで、メッセージ性の強い歌で知られている。

ドアが開くたびに、熱気が外へ漏れる。

奈津が言う。
「……強いこと言うよね、あの人」

中ではまだアンコールの手拍子が続いている。

さっきの曲。

「戦争反対」って俺にだけ言うなよ
他にはダンマリ、それで満足か?

ナチスの旗で批判ごっこかよ
安い正義に酔ってんじゃねえ

殴られたら、殴り返す
それだけの話だろ

分かりあえる?寝言言うなよ
そんな世界、見たことねえ

消えるまでやるしかねえんだよ
どっちかがな

路地に人が溜まっている。
煙草の煙と、汗の匂い。

誰かがサビを口ずさんでいる。

莉子が言った。

「あれ、イスラエルのこと言ってるよね?」

奈津は少しだけ間を置いた。

「……そう聞こえるよね」

二人は歩き出す。

「KAIはああ言ってるけどさ、新聞記者やってた私に言わせれば、そんなに単純じゃないよ」

莉子は横を見る。

「“殴られたら殴り返すしかない”っていうのは、
 個人の話としては分かるけど、あれをそのまま国同士に当てはめると、ずっと終わらない」

居酒屋の明かり。
ラーメン屋の湯気。
濡れた路面にネオンが滲む。

「そもそもさ、どっちも、自分が殴られた被害者だと思ってんの」

莉子は黙って聞いている。

「歴史もあるし、宗教もあるし、
 外からの思惑も絡んでる。
 “どっちが先に手出したか”って話だけじゃない」

少し歩く。
人の流れに押される。

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#武隈莉子

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