【小説・ヴィーナス症候群】[772]飯テロ
Feliceの専属「トルソーさん」武隈莉子は、大宮の百貨店催事場で、翌日から始まるブライダル展の設営に入っていた。
純白のドレスに着替え終わり、立ち位置の確認も済む。
あとは照明チェックを待つだけ――のはずだった。
だが、隣の催事区画がうるさい。
「盆栽展準備中」
木材の匂い。インパクトドライバーの音。
どうやら盆栽展示用のデッキを組んでいるらしい。
作業員たちは休憩に入っていた。
その場にしゃがみ込み、牛丼を猛烈な勢いでかき込んでいる。
「俺が頼んだやつはねぎ多めで」
金髪の若い作業員がそう言いながら、七味を山ほど振った。
湯気が漂う。
牛肉と玉ねぎの甘辛い匂い。
そこにネギと紅しょうがの刺激が混ざる。
莉子は静かに前を向いたまま、喉を鳴らした。
ドレスは締め付けが強い。
食事は撮影後まで我慢。
それなのに、隣では汗だくの男たちが牛丼を吸い込むように食っている。
「……飯テロすぎるでしょ」
Feliceの女性スタッフが小声で笑う。
しかし莉子は笑えなかった。
白いドレスのまま、視線だけをそっと横へ向ける。
金髪の作業員は、今度は味噌汁を流し込みながら、
「午後イチでデッキ終わらせっぞー!」
と叫んでいた。
莉子の腹が、小さく鳴った。

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