【小説・ヴィーナス症候群】[738]天音町への外勤
原宿のガーリーブランド・Ria。
躑躅森風花は、入ってまだ日が浅い試着モデル、いわゆる「トルソーさん」だった。
「風花ちゃん、さっそく外勤行ってもらわないといけないの」
デザイナーの愛子が、ラックにかけたワンピースを整えながら言った。
「天音町ってところのロードサイドモール天音町。ここで展示会があるの」
「分かりました。どうやって行くんですか」
「普通はバスタ新宿から高速バスね」
⸻
バスタ新宿を出た高速バスは、都心を離れて単調な景色に入っていた。
別の席の男が、別の客のゴツい銀色のケースを見て眉をひそめた。
「おい、そんなゴツい箱なんか持って、核のゴミか?バイオハザードか?」
通路を挟んだ向こう側の席に座っていた男が、顔を上げて答えた。
「違いますよ。天音町のツチノコは爬虫類研究上貴重なんです。ただ、法律で犬のケージみたいなのはダメで、専用の厳重な箱に捕獲しないといけないんです。それと環境省の許可も必要です」
「へえ」
最初に話しかけた男は、あまり興味なさそうに鼻を鳴らした。
「一匹とは言わず全部持っていってくれよ。ツチノコなんてチーチーチーチーうるせえし、畑の作物も食い荒らすんだ。それに毒持ってんだろ?」
風花はわずかに視線を上げる。
「この前どこかのYouTuberの女の子がツチノコ食ってみたらしくてさ、町立病院に運ばれて死にそうになったんだよ」
研究者の男は、少しだけ身を乗り出した。
「『この星の生命をいただきます!』の山川ジビ恵さんですね。あの件も参考にさせて頂きました。知り合いの獣医師によれば、加熱しても無効化しないヘビ毒に近いんじゃないかって言ってましたね」
「物好きもいるもんだなあ」
男は笑いもせず言う。
「よそから来た人にしてみりゃ物珍しいかもしれないけどさ、地元じゃイノシシとかシカと同じで害獣だよ」
バスは減速に入り、前方から機械的なアナウンスが流れる。
「――まもなく、天音町バスターミナルに到着いたします」
⸻
バスを降りると、空気が少しだけ乾いていた。
ロードサイドの広い空間。ターミナルの屋根、コンビニ、遠くに見えるモールの看板。
そして、足元。
アスファルトの上を、太く短いものがゆっくり横切っていく。
もう一匹は、縁石のところで平たくなって動かない。
誰も見ていない。
風花はほんの一瞬だけ視線を落とした。
「……噂通りだ」
白いスニーカーのつま先で、踏まない位置を確かめてから歩き出す。

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