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【小説・ヴィーナス症候群】[610]おしこんだりもしたけれど、私は能天気です

新宿の喧騒は、ガラス越しにやわらいでいた。

割出結菜は、義肢メーカー・サイセイ義肢で開発用の「トルソーさん」をしている。
静止姿勢の精度と、肩から胸郭にかけての滑らかなラインを買われ、試作義肢の検証に立ち会う日々だ。

新宿のカフェで向かい合うのは、金沢のギャル高時代の同級生・宇和野紗里。

結菜がアイスコーヒーを一口飲んで言った。

「紗里、今でも舞台女優しとるがけ?」

「しとるよ。ちっこいとこやけどね。見に来てま。下北沢やし」

「行く行く! でも、都内で食べていけとるが?」

紗里は肩をすくめて笑う。
「劇団だけじゃ無理やわいね。いろいろバイトもしとる。駅の押し込みとか」

「押し込みって……あの、朝の満員電車の?」

「そうそう。ぎゅーっと押すやつ」

「大変そうやねえ」

「朝早いげんて。ほやし午前中は寝とる」

「バイタリティあるじ。ようやるわ」

紗里はストローをくるくる回しながら言った。

「もともと脳天気やしね、わたし」

「自分で言う?」

「『押し込んだりもしたけれど、私は脳元気です』ってな」

結菜は吹き出した。

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