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【小説・ヴィーナス症候群】[813]草原返却ペンネ

新大久保に拠点を構える韓国フェミニンブランド『HANEUL(ハヌル)』にとって、今日は今シーズン初のアウトドア撮影、いわゆる「外撮り」の日だった。

目指すロケ地は、千葉県富津にある海岸。
そこには砂浜だけでなく、ブランドの春夏の新作ドレスが抜群に映える、青々とした見事な草原が隣接している。
機材レンタルショップから借りてきた大型レフ板や、ヘアメイク用のコテを使うための大容量発電機。
これらは明日までに返却しなければならないタイトなスケジュールだが、事前の計画は完璧だった。

スタッフと、試着モデル(通称・トルソーさん)の万之瀬はるかを乗せた黒いアルファードは、川崎から東京湾アクアラインへと滑り込む。
海底トンネルを抜け、一面に広がる青い海を渡りきると、車は木更津側のショッピングモールへと滑り込んだ。
ここで各自、テイクアウトの昼食を調達することになったのだ。

はるかはモールのスターバックスへ向かい、レジに並んだ。
注文するのは、体型維持のための根菜チキンサラダラップと、アイスコーヒー。

「サイズはいかがなさいますか?」
店員に聞かれ、はるかは少しだけ窓の外の強い日差しを見上げた。初夏を思わせる陽気だ。

「ショート……いや、グランデサイズで」

どうせこんな暑い日は、ロケ地に着いたらすぐに喉が渇くに決まっている。
ずっしりと重いサイズのアイスコーヒーを受け取ってアルファードに戻ると、韓国人スタッフのスジンがすでに後部座席でランチの袋を広げていた。

「私は近くのイタリアンでペンネのアラビアータを買ってきたのです。車内がニンニクの匂いがたくさんしたら申し訳ありません!」
「アニエヨ、マシッケッタ!(いいえ、美味しそう!)」

車は再び、国道を一路富津へと走り出す。車内でそれぞれが冷たいドリンクや温かいペンネを口に運んでいると、新大久保のオフィスで必死に覚えた拙い韓国語でふとニュースの件を切り出した。

「クンデヨ……ヨジュム、ハングク エソ、スタバガ ノムノム ウッソヨ?……ニュース エソ バッソヨ」 (ところで……最近、韓国で、スタバがものすごく炎上していますよね?……ニュースで見ました)

すると、それまで明るくペンネを突いていたスジンの顔が、不意にすっと真剣なものに変わった。

「あ、それです。それはそうです、はるかさん。あのことは燃えて当然です。わざわざ『5月18日』に、あんな『タンク』のキャンペーンを進行するなんて」
「オウォル シッパリル?タンクヌン……クン、タンブラー アニエヨ?クゲ……タンク(戦車)エヨ?」 (5月18日?タンクは……大きい、タンブラーじゃないですか?それが……戦車ですか?)

はるかが首を傾げると、スジンは少し声を落として、静かに、けれど熱を帯びた口調で語り始めた。

「5月18日というのは、昔、光州(クァンジュ)で市民たちが暴動して、軍が戦車(タンク)でそれを撃ちました。本当にたくさんの市民たちが血を流した、絶対に忘れることができない歴史の痛い傷です。そんな日を選んでわざわざタンクのキャンペーンを進行するなんて、『また市民を撃ちたいのか?』と、みんなが怒りが爆発しているのです」

スジンの真に迫った言葉に、車内の空気が一瞬できゅっと引き締まる。歴史の痛みに触れた瞬間、どれほど重い意味を持つのか。

「アイゴ!クロン イリ……クゴン チンチャ ヒムドゥルネヨ……」 (まあ!そんなことが……それは、本当に大変なことですね……)

はるかは覚えたての言葉を絞り出しながら、窓の外に広がり始めた富津の緑の景色を見つめていた。

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