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【小説・ヴィーナス症候群】(590)セグウェイ型車椅子

厚生労働省・障害保健福祉部企画課。
ある日の午後、課長補佐の柏原はサイセイ義肢本社を訪れていた。

「私どもとしては、“次世代移動支援機器”の実用化を急ぎたいのです。既存の電動車椅子では段差や傾斜への対応が限界ですし、若い障害者には“もっとアクティブに街を動けるツール”が必要だと」

応対したのはサイセイ義肢・開発部長の新庄と、義肢装具士の碓氷だった。
「セグウェイ型の車椅子……つまり二輪でバランスを取りながら自立するタイプ、ですね」
「ええ。サイセイさんなら義手義足で培った筋電や体重移動センサーのノウハウもある。臨床試験の協力をお願いしたい」

こうして、実験ユニットが義肢会社に持ち込まれた。

——

その頃、リハビリ室には制服姿の定平史那が来ていた。
義足の訓練をしている……はずだったが、最近はスタッフと世間話をして帰ることが多い。

「史那ちゃん、ちょっとこれ試してみない?」
碓氷が指さしたのは、腰から下をすっぽり収める黒い二輪のユニットだった。

装着してみると、体がすっと持ち上がる。
「すごい! すごい!」
廊下を抜け、そのまま勢い余って自動ドアを押し開け——駐車場に飛び出した。

制服姿の定平史那が、セグウェイ型車椅子に乗って風を切っていた。腰から下を黒い二輪ユニットに収め、まるで生まれつきそういう身体だったかのように、軽やかに走る。

白衣の研究員たちと、スーツ姿の厚労省役人が慌てて追いかける。
「ちょっと! ちょっと待って!」

史那は風を切りながら笑った。
「義足より、こっちのほうが絶対いい!」

柏原が息を切らしながら叫ぶ。
「だ、だめだよ! これはまだ実験段階なんだから!」

史那はハンドルをきゅっと握りしめると、真顔で言った。
「じゃあ……いくらなら売ってくれるんですか?」

駆け寄った義肢装具士の碓氷が面食らう。
「えっ?」

「いくらなら売ってくれるんですか? 私、トー横で立ちんぼしてでもお金作るから!」

場が凍りついた。研究員も役人も言葉を失う。

柏原は額の汗をぬぐい、苦笑するしかなかった。
「いや……お金の話じゃないんだよ……
史那ちゃんね、これはまだ“実験用の試作機”なの。市販の電化製品みたいにお金を払えばすぐ買えるものじゃないの。
いまは安全性を確認するために、国と会社とでデータを集めてる最中なの。
もし転んだり、機械が暴走したりしたら、君自身が危ないだけじゃなくて、道を歩く人まで巻き込んでしまうかもしれない。
だから“安全だ”って確かめるまでは、世の中に売っちゃいけない、って法律で決まってるの」

「えー…」

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