【小説・ヴィーナス症候群】(93)あの人が爆殺された
展示会の正式名称は《École et Corps―第9期 卒業制作展》。中野の服飾専門学校が春に毎年開催している恒例の発表会で、芽衣がフリーの「トルソーさん」として呼ばれるのは、これが三度目だった。
朝から体育館には熱気がこもっていた。仮設された白い撮影ブース、手持ちのアイロン、音の止まらないミシン。学生たちは、汗ばむ手で布を持ち、先生の顔色をうかがい、モデル役とスマホで撮った写真を覗き込んでは叫んでいる。
芽衣は、いつものように静かに立っていた。ベージュのリネン混ワンピース。左右非対称のカットで、肩と脇は大きく開いている。縫い目はあえて外に出され、丈は片方が膝下、もう片方は少し短い。まだ未完成な感じの服だけど、芽衣はその不器用さが嫌いではなかった。
「芽衣さん、肩、きつくないですか?」
「ううん、大丈夫。ちょっと張ってるけど、見えないよ」
「ありがとうございます……本当に助かります!」
頭を下げてくる学生はたぶん十代。芽衣から見れば、まだ頼りない後輩たちだ。だが、一生懸命で、どこか素直で、芽衣は彼女たちのそういうところを愛おしく感じていた。
「ほら、それ。芽衣ちゃんが立ってなきゃ絶対気づけなかったでしょ」
横で講師が淡々と言う。「トワルだけで判断しないの。ちゃんと“身体”で見なきゃ」
「すみません……」
芽衣は言葉を添えず、ただ微笑んだ。立つことが、ここでの自分の仕事だった。

昼休み。控室のテレビでは、ちょうどワイドニュースが流れていた。誰かがつけっぱなしにしていた画面が、ふいに切り替わる。
《速報 相模原で乗用車爆発 男性1人死亡》
「きょう午前10時ごろ、相模原市中央区の住宅街で乗用車が爆発し、男性が1人死亡しました。現在、警察と消防が現場を確認しており、事故と事件の両面から原因を調べています。死亡したのは、不動産業を営む金本元洙(かねもと・げんしゅ)氏(62)とみられ……」
「あっ……」
芽衣が思わず声を出した。
「えっ、芽衣さん? 知り合いですか?」
「うん……前に一度だけ。相模湖の美術館で仕事したことがあって。そのときのオーナーさん」
「美術館って、あの?」
「そう。でも、ほんとは不動産屋。“茨城で田んぼを地上げしてラブホテル建てた”って、新宿から相模湖まで行く時に、バラエティ番組でも使わないようなめっちゃ悪趣味なサロンバスの中で延々しゃべってた」
「えぇ……」
「あと“名古屋でスナックの女に刺されたことあるんだよ。ここ、縫ったんだよ。触ってみ?”って。最初から最後までそんな話ばっかり」
芽衣は肩をすくめる。
「徳島の阿波踊りのショーパンの女の子見て、“太ももに欲情した”って言い出した時は、車内がシン……ってなったよ。誰も笑えなかった」
学生たちは顔を引きつらせ、そっと視線を交わし合う。
「展示もひどくてさ。モネの絵の隣にエヴァンゲリオンの原画が並んでて、それぞれに“小学生でもわかるように”って感じの解説がベタベタ貼ってあったの」
「うわ……」
「センスが迷子すぎる……」
「一緒に行ったトルソーの子たち、みんなドン引きしてた。“この人、美術好きじゃないでしょ”って」
芽衣は息をつき、やや間を置いてから言った。
「だから……爆弾で殺されたんだとしても、あんまり驚かない。そういう人だったから」
しんと静まった控室に、誰かがぽつりとつぶやく。
「……トルソーさんって、エグい現場もやってるんですね……」
テレビ画面には、焼け焦げた車体と煙。警察の規制線の向こうで、興奮気味な男性がインタビューに答えていた。
「バァーンって音して! そしたら、腕が! 腕が飛んできたんすよ! マジで! 生のやつが!」
芽衣は画面から目をそらして、窓の外を見た。
(腕、か……)
(まあ、私には元々ないけどね)
「……爆発って、ほんとにあるんだね……」
廊下から明るい声が飛ぶ。
「芽衣さーん、次6番お願いしまーす!」
「はーい!」
芽衣は立ち上がる。学生たちの気まずそうな空気も気にせず、白いサンダルの足音を鳴らして、体育館へと戻っていく。そこには、まだ布と音と、汗のにおいがあった。
