【小説・ヴィーナス症候群】(809)ソープに沈むかも
西土浦にある「国立先端医工学研究センター」のリハビリ室は、今日もリハビリ機器の作動音と微かな消毒液の匂いに包まれていた。
この日は、サイセイ義肢から装着モデル――通称「トルソーさん」の割出結菜が来ることになっていた。
義肢装具士の平浜優は、作業の手を少し止め、壁に貼ってある筑波参宮鉄道の時刻表に目をやった。
ちょうど土浦から来る男女川行きが西土浦駅に到着した頃合いだ。
(おそらく、あの電車で来るのだろうな)
優はふっと口元を緩めた。結菜とは以前、霞ヶ浦の牧場へ一緒に遊びに行った仲でもある。(本編509話)
そのうち、リハビリ室の重い扉が勢いよく開いた。
「ヤッホ〜!」

室内に響き渡る明るい声。入ってきたのは、どこからどう見ても「ガチのギャル」だった。
派手に巻かれた茶髪のロングヘアに、露出の多い白いタンクトップ。
優は一瞬、呆気に取られてその姿を見つめた。
「あの、失礼ですがどちら様で……」
おずおずと尋ねかけた優だったが、彼女の両腕に装着された筋電義手、デニムのミニスカートを見て、ハッと記憶が繋がった。
「あれ? もしかして……結菜ちゃん?」
「何で? 顔忘れたの?」
結菜はぷくっと頬を膨らませ、両腕の義手を広げて見せた。
「そんなに変わっちゃって、分かるわけないじゃん! ギャル卒したんじゃなかったの!?」(本編592話)
「うん、まあ……。コルチのつばさちゃんあたりから聞いてない?」
「何を?」
「痴漢」
優は記憶の引き出しを探った。
結菜にような両腕が無い「第2サリドマイド児」の当事者団体・コルチカムの会の事務局員・階上つばさが疲れ切った表情で言っていた。(本編791話)
「ああ、なんか言ってたかも……ってか、もしかして結菜ちゃんが被害に遭ったってこと?」
「そうなんだよ」
結菜はあっけらかんとした調子で、しかしどこか呆れたように溜め息をついた。
「警官が言うんだよね。『おとなしくしてるから痴漢に遭うんだ』って」
「……そういうことだったの」
優は眉をひそめた。
「でさ、腹立ったから反撃したわけ。そしたら、相手の神経に命中しちゃったらしくて……『1250万円出せ』って弁護士から内容証明が来たんだよね」(本編773話)
「千、1250万!?」
優は思わず声を裏返した。
「そう。だから私、ソープ行くかも」
結菜は自分の義手をトントンと叩きながら、自嘲気味に笑った。
「まあ、私みたいな『手無し』じゃ、ソープでも採用してくれないかもだけどさ」
「いや、結菜ちゃんぐらい可愛かったら、ソープでも十分通用するって!」
「え?」
「あ、いや! そういう意味じゃなくて!」
「ギャハハハハハハ!」
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