【小説・ヴィーナス症候群】[470]うっせえわ
総武線の快速が揺れる。
クリスマス前で、車内の広告はどれも赤と緑だらけだった。
恵麻は窓の外を見ながら言った。
「……福祉系の案件って聞くと、ギャラ払ってくれるのかなって身構えちゃいますね」
横のマネージャー・長居が笑った。
「まあね。ボランティアで回してる小さいNPOだとギャラ無しもありえるし」
「でも今回は人口20万人ぐらいの津田沼市が協賛してるイベントだから大丈夫でしょ。
川口の時だってちゃんともらったし」(第307話)
そんな会話をしながら、二人は津田沼駅へ降りた。
◆
会場のショッピングモール「PIA」は、巨大ツリーが輝いていて華やかだった。
長居はスタッフに向かっていつもの調子で言う。
「腕の無い歌手を連れてきたよ!」

NPOスタッフは満面の笑みで出迎えた。
「本日はよろしくお願いいたします! 恵麻さんの歌、楽しみにしています!」
NPOスタッフはイベント慣れしているのか、恵麻の身体を“特別扱い”するでもなく自然に接していた。
◆
恵麻のサンタコスは好評で、親子連れが「あ! サンタさん!」と手を振る。
クリスマスソングを数曲歌い終えた恵麻は、ほっと息をつきながらステージ裏へ向かった。
そのとき──
買い物袋を提げた女性が、ぴたりと足を止めた。
「ちょっといい?」
恵麻が振り返る。
「あなた……腕、無いのよね?」
「あ、はい」
女性は眉を寄せた。
「だったらね……もう少し配慮というか。
公共の場所なのよ? びっくりする人がいるでしょ?」
“自分の言い分は当然”と言わんばかりだった。
恵麻は理解できずに固まった。
「え……配慮、ですか?」
「義手をつけるとか、露出を控えるとか、あるでしょう?
あなたは慣れてても、周りの人は違うのよ」
“あなたは非常識”と言わんばかりに。
恵麻は思わず眉をひそめた。
もしかしてこれは… トルソーさんの会員制掲示板「トルコミ」で話題になってた「ご配慮様」ってやつ…?(第401話)
中には「ロボットみたいな女を見て子供がトラウマになったので賠償しろ」なんて無茶苦茶なことを言ってきた人もいると聞いたことがある。(第35話)
「いや、普通に歌ってただけで──」
女性は言葉を重ねる。
「普通じゃないでしょ? 腕が無いんだから。
考えてよ、周りの人の気持ちを」
ぴしりと空気が張った。
恵麻は深く息を吸ったが、言葉が先に飛び出した。
「うっせえわ!」
言った瞬間、女性の表情が変わった。
驚きで固まり、そのあと口元が震えた。
「……いま……なんて?」
「いや、その……」
女性の声は震えていた。
「言いましたよね……“うっせえわ”って……。
すごいわね……そういう言葉……平気で言えるんだ……」
恵麻が何か言いかけたとき、長居が駆け寄る。
「いやいやいや、恵麻、ちょっと言い方……」
しかし長居の苦笑にも、女性の視線は冷たかった。
「……止めないの?
あなた、スタッフなんですよね?
客に“うっせえわ”って暴言吐いてるのに、止めないの?」
そこへNPOスタッフも慌てて来た。
「すみません、あの──」
女性は一歩引いた。
「……笑ってるじゃない。
暴言を吐いた子の横で、笑ってる……。
そういう人たちなのね?」
誰も笑っていない。
ただ困っているだけなのだが、女性の目にはそう映らないらしい。
そのとき、女性の視線がポスターで止まった。
《協賛:津田沼市》
女性は息をのんだ。
「市が協賛してるのね……?」
恵麻の背筋に冷たいものが走る。
女性はゆっくりと、しかしはっきりと言った。
「じゃあ今の『うっせえわ』──
津田沼市の公式見解ということで、よろしいのよね?」
長居「いやいやいやいや!!」
NPOスタッフ「ちがいます! 完全に個人の発言でして!!」
女性は小さくうなずきながら言った。
「……私は侮辱されたの。
このままにはしないわ。市の福祉課に確認します」
恵麻が言葉を失っている間に、女性は足早に去っていった。
ショッピングモールのツリーが、何も知らないままきらめいていた。
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