【小説・ヴィーナス症候群】[230]海辺カクテル仮面
麻帆のところに、また変なコラボの話がきた。
男と二人きりでキャンプ(第158話・第187話)とか、高原で野グソ(第223話)とか、そんな変な話は勘弁してね…
けれど、件名にあった名前で背筋が伸びた。
From:ンォーラー
──は? あのンォーラー?
あの、再生数億超え、世界にも進出し始めてる、国民的YouTuber?
まさかと思って本文を読んだ。
短編ムービーを撮影します。
主演ヒロインに、ぜひ麻帆さんをお迎えしたいのです。
意味がわからなかった。
私なんかみたいなブスでカタワでアル中の三重苦YouTuberより、チャンネル登録者数が多くて五体満足でかわいい子なんていくらでもいるでしょうに。
とはいえ、返信は「やります」で送っていた。
自分でも理由はわからない。ただ、なんとなく、断らなかった。
⸻
数日後、届いた衣装指定に唖然とする。
・サマーワンピース
・麦わら帽子
・足元は白サンダルまたは素足
「……ああ、やっぱりそういう路線ね」
ワンピなんて、腕のないこの体には最も不向きな服。
それでなくても風の強い海岸でワンピ着てたらパンツ見せ放題じゃん。それに麦わら帽子は飛ぶ。
仕方ないので、黒いスパッツを履くことにした。
「これで“黒は画的に浮くんで”とか言い出したら、蹴っ飛ばしてやる……」
そうぼやきながら、現場へ向かった。

バスで三浦半島の和田長浜海岸に降り立つ。
人気のない広い浜に、スタッフと参加者が集まっていた。
旅系、料理系、大食い、ゲーム実況──
みんなチャンネル登録者数3桁万の人気YouTuberばかり。自分が場違いなのは明らかだった。
そこへ、黒キャップにサングラスの男がやってきた。
「お疲れさまです。お、麻帆ちゃん、ワンピース可愛いね」
「……はあ、ありがとうございます」
悪い気はしなかった。褒められ慣れてないせいかもしれない。
でもその直後、視線がスパッツに向いたら、本気で蹴りに行くつもりだった。
幸い、そこには触れなかった。セーフ。
⸻
そして、ンォーラーが撮影の説明を始めた。
ヒロインが海辺を歩いている。
DQNっぽい男たちが「お姉ちゃん、遊ぼうぜ」と絡んでくる。
そこへ登場するのが、仮面とシルクハット、包丁と──ジンの瓶を手にした“カクテル仮面”。
DQNは逃げ出す。
ヒロインは「海辺の平和を守ってくれてありがとう」と言う──
カクテル仮面は「正義の後のカクテルは旨えぜ!ズブっとやってりゃもっと最高だったけどな!」と砂浜にあぐらをかいてシェーカーにジンとライムを入れてギムレットを作り始める。
「……え?」
「いやいやいや」「なんで包丁?」「ジンの瓶ってアル中かよ!?」
「普通に怖いでしょ!」「むしろそっちがヤバい!」「ヒロインが真っ先に逃げるやろ!」
「殺人未遂やらかしといて呑気にカクテルとかどういうサイコパスよ!」
誰かがぼそっと言った。
「これ……真面目にやるんすか……?」
その瞬間。
「真面目にやれ!!!!」
波を切るように、ンォーラーが叫んだ。
誰も笑えなかった。本人は本気だった。
「ふざけてるようで、真剣にやる。それが一番ウケるんです。頼みますよ」
静まり返る中、麻帆はそっと風に揺れるワンピの裾を踏んだ。
そして心の中でだけ、ため息をついた。
(……いくら“アル中”とか言われてる私でも、ジンの瓶と包丁持って助けに来られたら無理だからな)
⸻
撮影は始まった。
砂浜で、DQN役の男たちが棒読みで絡み、
仮面とシルクハットと包丁とジンの瓶を手にした、ンォーラー扮するカクテル仮面が、全力で走ってくる。
DQNたちは逃げる。「やべぇこいつ!」「うわ、包丁持ってる!」はアドリブだ。
ヒロイン・麻帆は、風にワンピースをなびかせて、カメラに向かって言った。
「──海辺の平和を守ってくれて、ありがとう」
どこまでも、真顔で。
風の音だけが、砂浜に続いていた。
どうなることやら──。
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