【小説・ヴィーナス症候群】[792]恋する女は嫌いだ
新大久保の韓流フェミニンブランド「HANEUL(ハヌル)」で試着モデル、いわゆる“動くトルソーさん”として働いている万之瀬はるかは、同じ新宿区住みの中学校時代の同級生、上之薗珠美とカフェで会っていた。
珠美は昔から成績優秀で、現在は早稲田大学に通い、将来はマスコミを目指していると言う。(本編595話)
普段から国内外のニュースを冷徹に解説してくれる知性派なのだが、どうやら最近好きな人ができたようで、かなり幸せらしい。
しかし、恋をしてしまった珠美の口から飛び出してきたのは、はるかのキャパシティを遥かに超えた、常人には理解できない領域の、凄まじい情報量の濁流だった。
しかも興奮のあまり、完全に実家の薩摩弁がごちゃまぜになって暴走している。
「――でんがな!?だから彼のあの『了解、助かるわ〜』の波線(〜)をな、単なる記号ち思ったら大間違いよ!あれは、近代日本文学における言文一致運動以降、私たちが無意識に規定されてきた『テキスト(書かれた文字)の権力構造』に対する、彼なりの脱構築(ディコンストラクション)なわけ!普段の彼は客観的ファクトしか呟かん、極めてロゴス(論理)中心主義的な理工の男なのに、そこに突如として現れた波線(〜)のあのパトス(感情)の曲線。あれは、私の存在という外部刺激によって、彼の強固な記号論的システムが内部から歪められたっていう決定的なエビデンス(証拠)なの!あ、ちょっと、はるか?虚無の顔して遠くを見んで、聞いてくいやん!メディア論の観点から言ってもね、彼がスマートフォンという限定されたインターフェースの枠を飛び越えて、あの波線1本にエンコード(暗号化)した非言語的熱量は、1950年代の街頭テレビに群がった大衆の集合的無意識の熱狂にも匹敵するエネルギー構造を持っちょっ。私は今、彼の精神世界という名の未開のフロンティアを、マスメディアの先陣を切って単独スクープ(徹底取材)してる最中なわけ。ぶっちゃけ、彼のLINEのニュアンスを社会心理学的かつ記号論的に解釈した私の脳内データベース、すでに4万字を超えてて、来週締切のマスコミ塾の提出論文なんかよりよっぽど、ポスト真実時代におけるコミュニケーションの未来を切り拓くドキュメンタリーになってる確信があるわけ。だって考えてもみてよ、彼がもし単なる記号として波線を入力したのだとしたら、フリック入力における指の軌道の動的ベクトルの美学が説明つかんし、それは彼が普段私に見せる『合理的判断の仮面』の裏側にある、きわめて情緒的でドストエフスキー的な実存の揺らぎが、私の送った『ノート見せるよ』というシグナルによって完全に共振(レゾナンス)を起こした証拠に他ならんでしょ!?というか、彼が私のノートの文字を『綺麗で読みやすい』ち評価したのも、単なる実用性のレベルじゃなくて、私の筆跡に宿る知的なアウラを直感的に検知したっていう、半ばフェティシズムに近い精神的マニフェスト(宣言)と捉えるのが、メディアを志す人間としての正しい読解(クリティカル・リーディング)なわけよ!それをさ、単なる業務連絡の延長線だなんて矮小化して報道(解釈)するのは、それこそリテラシーの敗北であり、私と彼の間に不可逆的に形成されつつあるロマンティシズムの共犯関係に対する冒涜(レイプ)に等しいわけ!ねえ聞いてる!?中学のとき、私たちが天文館のアーケードの隙間から見たあの、大都会への漠然とした憧憬と、言葉という武器で世界を支配しようち誓い合ったあの夜のプロットが、今まさに、高田馬場という極めて世俗的かつ混沌としたクロスメディアの現場で、彼という媒介(メディア)を通じて具現化(マテリアライズ)されちょっがよ!!だからさ、私はこの事象を単なる一過性の『のろけ』として消費するつもりは毛頭なくて、むしろ彼とのLINEの全履歴をパースして、文脈における感情の相関関係を、精神分析学の知見も動員しながら、一文字残らず解剖(サンプリング)して――」
息つく暇もなく鼓膜に叩きつけられる言葉の弾丸。はるかは完全に思考を停止させていた。
(……よう喋っどな… 恋する女は好かん…)
さすがに口には出さなかった。
そのとき、有線放送か何かのレトロなBGMが場違いなほど軽快に流れ出した。
〽️恋する女は綺麗さ〜

「――おい待て、今のフレーズを聴いたか? 『恋する女は綺麗さ』。このフレーズ、一見するとただの歌謡曲の歌詞だが、論理学的にアプローチすると極めて重大な欠陥、あるいは興味深い認知の歪みが内包されていると言わざるを得ない」
後ろの席の男子学生が、人差し指を立ててシリアスなトーンで切り出した。対面に座るスウェット姿の男子学生が、ブレンドコーヒーを一口すすって眉をひそめる。
「というと? 『恋する女は綺麗さ』。これには古典的な命題化が可能だろ。すなわち、集合Aを『恋する女』、集合Bを『綺麗な女』としたとき、『AならばBである』という命題が成立するという主張だ。何が不満なんだよ」
「甘いな。その命題が真であると仮定した場合、論理学的な規則に従えば、その『対偶』もまた必ず真でなければならない。つまり、『綺麗ではない女は、恋をしていない』という命題が同時に証明されてしまうわけだ。だが、これは明らかに事実に反する。外見的あるいは内面的な美の定義から外れているとされる個体であっても、ホルモンの分泌や主観的な恋愛感情のバーストは観測される。よって、対偶が偽である以上、元の命題『恋する女は綺麗さ』もまた、論理的に偽であると結論づけざるを得ない」
「いや、お前は言語のコンテキストを無視している。郷ひろみが提示した『綺麗』とは、客観的な造形美を指しているのではない。恋愛という脳内麻薬の分泌によって、表情筋の活性化や血流の促進、あるいは自己呈示欲求の向上に伴う『動的な美』の獲得を意味しているんだ。つまり、必要十分条件ではなく、一時的な状態変化の記述、すなわち『xが恋しているならば、xは美化される』と解釈すべきだ」
「なるほど、状態変化のトランスフォーメーションか。だがな、もしその『美化』が主観的なフィルター、例えば恋人同士の『あばたもえくぼ』的な認知バイアスに依存しているのだとしたら、それは客観的な真理値を持たない。つまり、観測者(彼氏)の脳内にしか存在しない虚構の美だ。それを『女は綺麗さ』と一般化して全称命題化するのは、メディアによる大衆への情報操作、あるいはロマンチック・ラブ・イデオロギーの押し付けに過ぎん」
「お前はそうやってすぐ社会派ぶるが、もっと純粋に数学的アプローチをしてみろよ。仮に『綺麗』の基準値を閾値Tと設定する。恋をすることによる美の上昇値をプラス成分とした場合、元々の美の初期値が極端に低い個体においては、初期値にプラス成分を足したところで閾値Tに届かず、『綺麗』の領域に達しないケースが数理的に発生する。したがって、やはり『すべての』恋する女が綺麗になるわけではない。『恋をしているが綺麗ではない女が存在する』という部分否定が証明されてしまう」
「……待て。その数式モデルでいくと、今まさに俺たちの斜め前で、息を吸うように一秒間に一万文字くらいのスピードでマスコミ塾のレジュメを音読しながらのろけ続けている、あの早稲田の文学部っぽい女子大生はどう説明する?」
黒縁眼鏡の男子学生が、チラリと珠美の方に視線を向けた。珠美は未だに「ロゴスが歪められたエビデンスが〜!」と薩摩弁混じりで、完全に脳内沸騰状態のまま喋り続けている。
「彼女のケースか……。解析するに、彼女の脳内では恋愛感情(パトス)が過剰供給された結果、言語野のニューロンが異常発火し、情報量がバグのように肥大化している。これは『綺麗(美)』というよりは、熱力学第二法則における『エントロピーの急激な増大』、あるいは単なる『システムの暴走』と定義するのが妥当だろう。つまり、閾値Tを超えるどころか、パラメーターが振り切れて計測不能のエラーを起こしている状態だ」
「つまり、郷ひろみの命題は間違っており、正しくは『恋する女は情報量が過多』、あるいは『恋する女はシステムエラーを起こしがち』であると」
「学術的には、それが最も真実に近いな」
二人の男子大学生は、大真面目な顔で「論理学の勝利」を確信し、満足そうにフレンチトーストを口に運んだ。
その真ん前で、完全に「システムエラーの濁流」をまともに浴び続けているはるかは、チタン合金の義手をテーブルに置いたまま、奥の二人の会話を拾っていた集音マイクのボリュームをそっと下げた。
(……東京の大学生ちいうのは、前も後ろも、ほんのこて、めんどくさい……)
〽️あ・ち・ち・あ・ち
有線放送から流れる次の曲のサビが、はるかの冷めきったコーヒーの表面を、微かに揺らしていた。
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