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【小説・ヴィーナス症候群】(961)取材のトラウマ

東京郊外の喫茶店。
夕方の店内には、穏やかな時間が流れていた。

武隈莉子と園田奈津は、さっきまでフットサルコートで流していた汗の余韻を楽しみながら、のんびりとコーヒーをすすっていた。

生まれつき両腕のない「ヴィーナス児」の莉子は、赤坂のドレスブランド『Felice』の試着モデル、通称「トルソーさん」。
莉子と中学時代の女子サッカー部でチームメートだった奈津は、肥後時習館高校から早稲田大学を経て大手新聞社に勤めていたが、ブラックな職場環境と一般市民からの「マスゴミ」バッシングで体調を崩し、休職の末に退社。
今は米軍基地のPXで売り子をしている。

フットサルの練習を終え、久々に身体を動かした後の二人の間には、心地よい静けさが漂っていた。

「……やっぱり、サッカーは楽しかったね」
莉子の言葉に、奈津は金髪に染め上げられた髪を揺らし、少しだけ目を細めた。
店の外では、人の流れが絶えない。

突然、喫茶店の壁に掛けられたテレビの画面が切り替わった。
『九州の被災地では、地震からの復興が進んでいます。仮設住宅での生活を余儀なくされている被災者の皆さんも、徐々に笑顔を取り戻しています……』

アナウンサーの穏やかな声と共に、画面には、地震から時間が経過した被災地の復興の様子が映し出される。
莉子は、すぐに奈津の異変に気づいた。

「なっちゃん……?」

奈津は両耳を塞ぎ、俯いたまま小刻みに震えていた。
顔は青ざめ、口元がかすかに動いている。

「新聞記者だった頃ば……フラッシュバックした……」

奈津の声は、激しく震えていた。
かつて北陸の豪雨で被災地取材に赴いた際、「マスゴミ」として激しいネットバッシングや偏見に晒され、石を投げられて現地から蹴り出されたトラウマ。(本編387

「避難所の食糧を食い荒らした」
「被災者で金儲けしてる」
「犠牲者の名前出すか出さんかで揉めたときも、『生きた証ば残したい』て言うても誰も聞いてくれん……」
「金沢支局の記者が襲われかけて、それば見て『ざまあみろ』って笑いよる人たちがおってさ……」

あの夏の日々が、奈津の脳裏に鮮明によみがえっていた。

「こりゃもういかんばい。出よう」

莉子は即座にその場から連れ出そうと決断した。
細く無機質な肩義手をかすかにきしませながら、莉子は奈津の肩にそっと寄り添った。

過剰な言葉と悪意に傷ついた奈津のトラウマは、この静かな夕暮れの街でも、終わることはなかった。

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#武隈莉子

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