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第3回 なぜ、私は“恐れ回避型”に惹かれてしまうのか――「救済」という名の引力

この記事は、恐れ回避型に削られているあなたへ向けた記録です。
解決策はありません。 直し方も、正しい距離も、
ここには置いていない。
ただ、あなたが今感じている
「説明できない痛み」
「理由の分からない揺れ」
「自分だけが苦しい気がする瞬間」
そのすべてが、
あなただけのものではないということだけ、
ここに静かに置いておきたい。


なぜ、苦しいのに"あの人"でなければならなかったのか。 何度も自分に問い続けた言葉だ。

今回は、惹かれる側にある「救済という名の引力」について書く。 これも、あくまで私個人の記録だ。

※初めて読む方へ まずは「第0回:恐れ回避型の沈黙は、なぜあなたを苦しめるのか」を読んでください。

〇「かわいさ」と「頼りがい」の正体

あなたは、出会った最初から惹かれてはいなかったか。
自信に満ちた表情、頼りがい、あどけない笑顔、気遣うしぐさ、言葉の運び方。

今思えば、それは「嫌われないため、傷つかないための」切実な防衛反応だったのだと思う。

私の感覚では、恐れ回避型の傾向を持つ女性は、 どことなく無垢で、守りたくなるような雰囲気をまとっていることが多い。 一方で男性であれば、圧倒的に頼りがいのある佇まいを演じているのかもしれない。

あなたの目に映った「その人」は、最初どんなふうに輝いて見えたか。 そして今振り返ると、その輝きの裏に、 ふと「消え入りそうな危うさ」を感じた瞬間はなかったか。 もし、誰にも言えなかった当時の違和感があれば、そっとここにこぼしていってください。

〇 完璧な姿の裏に透ける「孤独」

彼ら・彼女たちは序盤、驚くほど理想的なパートナーを演じる。 しかし、私たちが惹かれているのはその完璧な姿だけではない。

その裏側に透けて見える、消え入りそうな「危うさ」や、 言葉にならない「孤独」を、私たちは無意識に嗅ぎ取っている。

「この人を支えられるのは自分だけだ。 本当の姿を理解してあげられるのは自分しかいない」

そんな、母性や父性にも似た強烈な使命感が、体の奥から湧き上がってしまう。

あなたは、その人の「脆さ」に触れたとき、どんな感情が込み上げたか。 「放っておけない」という思いの裏側に、 「自分が必要とされている」という、甘くて切ない充足感はなかったか。

でも今思えば、それは純粋な愛というよりも、 相手を救うことで自分の居場所を必死に作ろうとしていた、 私自身の「欠落」だったのかもしれない。

〇 試し行為がもたらす「依存」のループ

彼ら・彼女たちが仕掛ける「試し」や「回避」は、こちらを強く翻弄する。 昨日まで分かり合えていたはずなのに、今日はよそよそしい。

この急激な感情の波を突きつけられたとき、 私たちの中に「執着」という名の毒が、静かに回り始める。

冷たくされればされるほど、かつての「理想的なあの人」を取り戻そうと必死になる。 拒絶されることが逆に、「もっと理解しなければ」という執着に拍車をかけてしまう。

手に入りそうで、決して手に入らない。 その不安定な距離感に、いつの間にか私たちは煽られ、 気づけば「相手を攻略すること」が目的になっている。

それが愛だと誤認したまま、私たちはさらに深い場所へと足を踏み入れていく。

〇 救済という名の、もう一つの依存

今思えば、彼女に惹かれた最大の理由は、 私自身の内側にも「誰かを救うことでしか自分を認められない」という空洞があったからだ。

彼女を守り、支えることで、私はようやく自分の輪郭を保っていた。 彼女の不安定さを「自分がいないとダメだ」と都合よく解釈し、 必要とされることで満足感を得ていた。

支配しているつもりが、実は彼女の反応一つで自分の幸福が決まってしまう。 救済者を演じていた私は、いつの間にか彼女の顔色に縛られた「奴隷」になっていた。

彼女が恐れ回避型という鏡であったなら、 そこに映し出されていたのは、自分自身の虚栄心と傲慢さだったのだ。

あなたは、相手の脆さを知ったとき、 「これなら自分を受け入れてもらえる」と、どこかで安堵してしまったことはないか。

〇 私たちが「その人」を選んだ理由

あんなに苦しい思いをしてもなお、 なぜ他の誰でもなく、あの人でなければならなかったのか。

彼女が時折見せる、壊れそうなほどの危うさ。 誰にも触れさせない深い孤独。 そして、自分にだけ向けられるあどけない信頼。

それらすべてが、私にとっては今もなお、何物にも代えがたい光のままだ。

ただ、自問自答を繰り返す中で、ふと気づくことがある。

なぜこれほどまでに、心を奪われ続けているのか。

それは、彼女の孤独を支えることで、 私自身もまた「必要とされる自分」という実感を、必死に探しているからではないか。

「救いたい」と願うこの想いの裏側に、 本当は抱えきれないほどの不安や、 自分自身の「救われたい」という願いが隠れてはいないか。

そう問いかけるたび、私は足元がすくむような感覚に陥る。

どれほど傷ついても、どれほど突き放されても、どうしても手を離せない「誰か」が、あなたの心にもいませんか。

あるいは、誰かを「救いたい」と思ったとき、その奥底に自分自身の渇きを感じたことは。

その痛みは、あなた一人のものではない。
上手な答えなんて、なくていい。 整理できないままの断片を、そっとここに置いていってください。

言葉にならなかった揺れは、 静かな保管庫にそっと置いています。


※初めて読む方へ まずは「第0回:恐れ回避型の沈黙は、なぜあなたを苦しめるのか」を読んでください。


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真壁 誠|恐れ回避型との揺れ もし応援したいと思っていただけたら、そっと置いていってください。 いただいた気持ちは、これからの活動に静かに役立てます。