台湾危機、日本はどこで戦うのか?――台湾を消さない覚悟と責任
台湾危機で、日本はどこで戦うのか。
この問いは、いま急速に現実味を帯びている。
これまでの記事でも触れてきたように、イラン情勢は中東だけの問題ではない。
ホルムズ海峡の不安定化は、日本のエネルギー安全保障に直結する。
そして同時に、米国の軍事的資源と政治的注意を中東方面へ引き寄せる。
米軍の弾薬や迎撃ミサイルが中東で消耗すれば、台湾正面の抑止力にも影が差す。
実際、イラン関連の軍事対応による米軍在庫の消耗が、台湾防衛の短期的即応性に懸念を生んでいるとの報道もある。
もちろん、米国はインド太平洋を最重要戦略舞台と位置づけ続けている。だが、米国の力が無限ではないこともまた明らかである。
つまり、ホルムズと台湾海峡は、別々の危機ではない。
どちらも、日本が依存してきた海上秩序と、米国の抑止力の限界を露出させる危機である。
さらに、米中首脳会談を前にして、台湾では自らが大国間交渉の材料にされるのではないかという懸念もある。
台湾の高官が、台湾が米中首脳会談の「メニュー」に載せられることを恐れていると述べたとの報道もある。
国際社会は、理念だけで動いているわけではない。
ときに中小の国家の行く末は、大国の意向だけで、すなわちディールだけで決まってしまうことがある。
それは正義ではない。
しかし、起こり得る現実である。
だからこそ、
危機が目に見えてからでは遅い。
米中の取引が表に出てからでは遅い。
台湾海峡で砲声が聞こえてからでは遅い。
日本は、台湾防衛に最大限関与すべきである。
しかし同時に、最悪の場合にも台湾という国家の存在を消させない構造を、危機の前から用意しなければならない。
日本は台湾危機の主役にはなれない。
だが、主役になれないことは、責任がないことではない。
台湾を消さないために、日本はどこで戦うのか。
本稿では、その覚悟と責任を考えたい。
1. 台湾危機で、日本は主役になれない
まず認めるべき現実がある。
台湾危機で、日本は主役になれない。
台湾の運命を最初に決めるのは、台湾自身である。
そして、その周囲には米国と中国という大国の力学がある。
日本は重要な当事者でありながら、台湾海峡の未来を単独で決める主役ではない。
ここを見誤ってはならない。
日本ができることには限界がある。
日本が決められないこともある。
日本の意思だけでは、台湾海峡の現実は動かない。
しかし、主役になれないことは、何もしなくてよいという意味ではない。
むしろ、主役になれない局面でこそ、その国の品格と戦略が問われる。
日本は、台湾海峡の主役にはなれないかもしれない。
だが、台湾という存在を消さないための受け皿にはなれる。
台湾の企業、人材、技術、文化、教育、民主主義の記憶を支える後方の中核にはなれる。
台湾危機における日本の戦いは、台湾海峡だけで行われるものではない。
日本列島そのものが、台湾を消さないための受け皿になる。
そこに、日本が戦うべき場所がある。
2. 台湾は、単なる地政学上の駒ではない
日本は、台湾防衛に最大限関与すべきである。
それは、日本の安全保障のためだけではない。
台湾は、日本にとって重要な隣人であり、友人である。
そして日本は、かつて台湾を統治した歴史を持つ国でもある。
その歴史には光と影がある。
美化する必要はない。
しかし、なかったことにもできない。
日本は、台湾との歴史を忘れてはならない。
台湾の人々の中には、日本統治下にあった時代、日本人として、日本のために戦地に赴き、命を懸けた人々がいた。
日本の厚生労働省の統計として、台湾出身の軍人・軍属は20万7,183人、そのうち3万306人が戦没したと紹介されている。
単なる数字ではない。
一つ一つの命には人生という物語と親、兄弟、夫婦、子供、友人という存在がある。
そのことを、日本人は忘れてはならない。
台湾を単なる地政学上の緩衝地帯として扱ってはならない。
台湾を、半導体供給網の一部としてだけ見てはならない。
台湾を、米中対立の駒としてだけ語ってはならない。
台湾は、友人である。
そして、日本が歴史的責任を負う相手でもある。
かつて台湾の人々は、日本のために命を懸けた。
ならば日本は、台湾という存在が消されようとするとき、ただ傍観する国・国民であってはならない。
3. 名誉資産国家としての責任
私は、日本が目指すべき国家像として、「名誉資産国家」という考え方を述べてきた。
国家の持続的な影響力は、人口、資源、軍事力、経済力だけでは決まらない。
国家が長期的に国際社会の信頼を得るかどうかは、その国家がどれだけ信義を守り、秩序を支え、責任を果たすかによって決まる。
私はその蓄積を「名誉資産」と呼んできた。
名誉資産国家とは、覇権によって世界を支配する国家ではない。
信義を守ることで信頼を蓄積し、その信頼によって国際秩序を支える国家である。
台湾危機は、この名誉資産国家としての日本を試す。
日本が台湾を見捨てることは、単なる安全保障上の失敗ではない。
友人への背信であり、歴史に対する不誠実でもある。
台湾を守ることは、日本の安全保障である。
同時に、日本の信義の問題でもある。
日本が名誉資産国家を目指すなら、台湾を消さない責任から逃げてはならない。
4. 大国のディールだけで決まる世界を直視する
ただし、信義だけで国際社会は動かない。
ここで、冷徹に現実を見る必要がある。
国際社会では、ときに中小の国家の行く末が、その国自身の意思だけでは決まらない。
大国の意向だけで、すなわちディールだけで、国家の運命が左右されることがある。
それは正義ではない。
しかし、起こり得る現実である。
台湾が守られる世界だけを前提にして、日本の国家戦略を組むことはできない。
台湾が封鎖される世界、台湾が強い軍事的・経済的圧力下に置かれる世界、最悪の場合には台湾が国土を失う世界まで想定しなければならない。
信義とは、楽観することではない。
友人のために、最悪の未来まで設計することである。
大国のディールだけで中小国家の運命が決まる世界において、最大の抵抗は、国家を消させないことである。
国土を奪われても、国家としての連続性を維持する。
企業を残し、人材を残し、技術を残し、資本を残し、文化を残し、教育を残し、民主主義の記憶を残す。
台湾を、国土なき国家として守る。
それは、大国のディールに対する静かな抵抗である。
5. 台湾を「国土なき国家」として守る
台湾を守るとは、台湾海峡で戦うことだけではない。
もちろん、台湾の国土が守られることが最善である。
台湾の自由と民主主義が、台湾の地で続くことが望ましい。
日本は、そのために最大限関与すべきである。
しかし、国家戦略は最善だけを前提にしてはならない。
最悪の場合にも、台湾という存在を消滅させない設計を持つこと。
それが、もう一つの台湾防衛である。
国土を持たない国家とは、領土を諦める国家ではない。
むしろ、領土を奪われても消滅しない国家である。
政府機能、企業、金融、技術、人材、教育、文化、言語、メディア、民主主義の記憶。
それらを国外に分散し、国土が危機に晒されても、国家としての連続性を維持する。
台湾に必要なのは、軍事的防衛だけではない。
台湾という存在を消さないための、分散型国家機能の設計である。
そして日本は、その最大の受け皿になり得る。
6. 日本は台湾の受け皿になる
日本が担うべき役割は、台湾危機の主役になることではない。
そして現実に、日本は主役にはなれない。
ゆえに、台湾の連続性を支える受け皿になることである。
具体的には、台湾の本質を日本国内で持続させる。
台湾人による台湾の民主主義を持続させる。
台湾企業の日本拠点化を進める。
台湾の半導体、電子部品、AI、通信、サイバー、金融、教育、スタートアップの拠点を、日本国内に受け入れる。
台湾人技術者、研究者、学生、家族の長期受け入れ制度を整える。
台湾企業と日本企業の共同BCPを作る。
台湾のデータ、知財、設計情報、教育機能、文化機能のバックアップを日本に置く。
台湾の大学、研究機関、企業、自治体の一部機能を日本で継続できるようにする。
九州、関西、瀬戸内、東海、東北などに、台湾連携型の産業・生活拠点を作る。
これが、台湾の受け皿である。
同時に、日本の国家改造でもある。
半導体、AI、通信、サイバー、金融、教育、港湾、電力、水、住宅、医療、地域社会。台湾を受け入れるために必要な改革は、そのまま日本を強くする改革になる。
台湾を利用するのではない。
台湾を守るために受け入れる。
その結果として、日本も成長する。
順番を間違えてはならない。
信義なき成長は略奪である。
しかし、成長なき信義は持続しない。
台湾を守るためにも、日本自身が強靭であらねばならなければならない。
7. 台湾を受け入れる覚悟
ただし、台湾を受け入れることは、優しさだけでできることではない。
それは、日本が長期にわたり、中国と対立する側に立つということである。
台湾の企業、人材、技術、文化、教育、民主主義の記憶を日本が受け入れるならば、中国はそれを中立的な行為とは見ないだろう。
台湾という存在の連続性を支えることは、中国が望む統一の完成を拒む行為でもある。
だから、日本には覚悟が必要である。
台湾を受け入れるならば、経済的圧力、外交的圧力、情報戦、サイバー攻撃、世論工作、企業への嫌がらせなど、さまざまな形で中国からの反発を受ける可能性がある。
それでも日本は、台湾を受け入れるのか。
台湾という国家の存在を消させないために、長期の緊張を引き受けるのか。
名誉資産国家を名乗るなら、この問いから逃げてはならない。
台湾を受け入れるとは、中国との関係を断つという意味ではない。
しかし、中国に遠慮して台湾を消させる側に回らない、という意味ではある。
日本は、その覚悟を持てるのか。
台湾危機とは、その問いでもある。
8. 危機が見えてからでは遅い
大国のディールで中小国家の行く末が決まることがある。
だとすれば、日本が動くべき時期は、危機が誰の目にも明らかになった後ではない。
危機がまだ「危機」と呼ばれていない段階である。
米中の取引が表に出てからでは遅い。
台湾海峡で砲声が聞こえてからでは遅い。
台湾企業や台湾人材が行き場を失ってからでは遅い。
危機発生後にできることの多くは、危機発生前に準備していたことの実行にすぎない。
国家BCP、台湾企業の受け入れ、台湾人材の在留制度、共同生産拠点、データバックアップ、教育・医療・住宅の受け入れ体制、港湾・空港・電力・通信の冗長化。
これらは危機発生後に検討するものではない。
平時のうちに制度化し、訓練し、投資しておくべきものである。
危機が目に見えてから動く国は、危機に飲まれる。
危機が見える前に動く国だけが、危機を国家改造の起点にできる。
9. 危機発生前にすべきこと
では、台湾危機が目に見える前に、日本は何をすべきか。
第一に、国家として、台湾有事を前提にした国家BCPを作るべきである。
電力、食料、通信、海上輸送、港湾、防衛、金融、医療、教育、住宅を横断して、台湾危機時に何を守り、何を止め、何を縮退させるのかを平時から決めておく。
私は「日本レジリエンス国家論」で、エネルギー・食料・産業・海上輸送・通信・防衛を縦割りの個別政策ではなく、一つの国家システムとして統合設計すべきだと述べた。
電力が不足すれば半導体もAIも動かず、海上輸送が滞れば燃料も食料も止まり、通信が断たれれば金融も物流も国家指揮も麻痺するからである。
台湾危機は、まさにこの国家OSを必要とする危機である。
第二に、台湾企業・人材の受け入れ制度を整備すべきである。
長期滞在、就労、家族帯同、教育、医療、住宅、金融口座、法人設立、研究開発拠点、データ保管。台湾の人々と企業が、危機時にも日本で活動を継続できる制度を準備する。
第三に、台湾連携型の産業拠点を作るべきである。
九州、関西、瀬戸内、東海、東北などに、半導体、AI、通信、サイバー、ロボット、金融、教育の共同拠点を作る。
電力、水、港湾、空港、住宅、学校、医療をセットで整備する。
第四に、企業は台湾依存のサプライチェーンを可視化すべきである。
台湾企業との共同BCPを作り、代替調達先、在庫、輸送ルート、設計情報、知財、データ、金融決済のバックアップを確保する。台湾人材の日本勤務・避難勤務の制度も整えておく。
第五に、自治体と大学は受け皿になる準備をすべきである。
学校、住宅、医療、行政窓口を多言語対応にする。産業団地、空きオフィス、大学、研究機関を接続する。台湾コミュニティを孤立させない地域設計を行う。
第六に、国民社会は台湾を「遠い隣国」ではなく、同じ海洋秩序に立つ友人として理解すべきである。
台湾を受け入れることは、一時的な人道支援だけではない。日本社会の一部として、共に未来を作る覚悟が必要になる。
10. 危機発生後に対応すべきこと
危機が発生した後に必要なのは、優先順位である。
第一段階は、人命と連続性の確保である。
台湾在留邦人、台湾人避難者、企業人材の安全を確保する。
台湾政府、企業、大学、研究機関との連絡線を維持する。
医療、住居、教育、就労の緊急受け入れを行う。
台湾企業の日本拠点での業務継続を支援する。
データ、金融、通信、サイバー防衛を守る。
これは、日本政府が進めている南西諸島住民の安全確保とも接続する。
台湾危機における避難・輸送・医療・通信の設計は、台湾人だけでなく、日本国民の保護にも直結するからである。
第二段階は、産業とサプライチェーンの維持である。
半導体、電子部品、通信機器などの重要産業を優先保護する。
港湾、空港、物流、電力、水を優先配分する。
日本企業と台湾企業の共同生産・代替生産へ移行する。知財、人材、設計情報を守る。
輸送ルートを変更し、同盟国・同志国と分担する。
第三段階は、台湾の国家的連続性を支えることである。
台湾人コミュニティの自治的機能を支援する。
教育、文化、メディア、言語、研究機関を維持する。
台湾企業・大学・行政機能の一部を日本で継続させる。
国際社会に対し、台湾の存在が消えていないことを示す。
台湾の民主主義の記憶と制度を保存する。
第四段階は、日本の国家改造に接続することである。
受け入れを一時対応で終わらせず、産業政策に変える。
九州・関西・瀬戸内などを台湾連携型産業圏にする。
半導体、AI、通信、サイバー、金融、教育を成長産業化する。
電力、港湾、住宅、教育、通信、国家BCPを抜本的に強化する。
台湾危機への対応を、そのまま日本のレジリエンス国家化につなげる。
それが、ピンチを最大のチャンスに変えるということである。
11. ピンチは最大のチャンスである
台湾危機は、日本にとって巨大な危機である。
南西諸島、シーレーン、半導体、エネルギー、食料、通信、防衛、企業BCP。
そのすべてが揺さぶられる。
しかし、ピンチは最大の機会でもある。
ただし、機会とは、危機を歓迎することではない。
危機によって露呈する弱点を、国家改造の起点に変えることである。
日本は、黒船が来なければ変われない国なのかもしれない。
だが、現代日本に突きつけられている黒船は、もはや外国の軍艦ではない。
台湾である。
台湾危機は、日本に問うている。
この国は、まだ平時の国でいるのか。
それとも、友人を守り、秩序を支え、危機の中でも国家機能を維持する国へ変わるのか。
台湾を受け入れるためには、日本が自身を強靭な存在に変えなければならない。
電力を強くする。
港湾を強くする。
通信を強くする。
教育を開く。
住宅を用意する。
医療を整える。
金融をつなぐ。
産業を再配置する。
国家BCPを作る。
台湾を消さないための準備は、そのまま日本を強くする準備になる。
日本は、台湾危機をただ恐れるだけで終わってはならない。
台湾危機を、日本の黒船にしなければならない。
12. 私人としての覚悟
ここから先は、個人の感情も含む。
私にとって台湾は、単なる国際情勢の論点ではない。
家族の中にも台湾の血が流れている。
だから台湾危機は、遠い海峡の出来事ではない。
家族の歴史にも、自分自身の生き方にも関わる問題である。
もし台湾が軍事的危機に晒されるなら、私は少なくとも、傍観者でいるつもりはない。
「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって」の覚悟で、この問題を考えている。
ただし、この文章で言いたいのは、個人の感情だけではない。
その個人的な感情を差し引いてもなお、日本には台湾を消さない責任がある。
友人として。
かつて台湾を統治した歴史を持つ国として。
そして、名誉資産国家を目指す国として。
結び:日本はどこで戦うのか
台湾危機で、日本は主役になれない。
しかし、主役になれないことは、責任がないことではない。
日本は台湾防衛に最大限関与すべきである。
それは安全保障の問題であり、友人への信義の問題であり、歴史的責任の問題である。
だが同時に、日本は冷徹に先を読まなければならない。
大国の意向によって中小の国家の行く末が左右される世界において、最大の抵抗は、国家の存在を消させないことである。
台湾を、国土なき国家として守る。
台湾の企業、人材、技術、文化、教育、民主主義の記憶を日本が受け入れる。
それは台湾を利用することではない。
台湾を守るために受け入れ、その結果として日本も強くなるということである。
台湾危機で、日本はどこで戦うのか。
答えは、台湾海峡だけではない。
民主主義を持続する場所である。
企業を残す場所である。
人材を残す場所である。
技術を残す場所である。
文化を残す場所である。
教育を残す場所である。
台湾という国家の存在を消さない場所である。
その受け皿を、日本が担う。
それは信義であり、冷徹な戦略であり、日本自身の成長源でもある。
友人を守ることで、自らも強くなる。
それこそが、名誉資産国家・日本の進むべき道である。
