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努力せず大学へ。そこで得た悪友は、ハーバード越えだった―焼き餃子協会Tシャツで巡る、45歳と46歳のニンニク・サウナ・日高屋珍道中

45歳と46歳、ニンニク・サウナ・日高屋6500円の珍道中


先日、大学時代の親友であり、悪友でもある男と遊んだ。

俺、45歳。
悪友、46歳。

二人合わせて、91歳である。

そんな我々が考えた、最高の休日コースがこちらだ。

ニンニクたっぷりのラーメンを食べる。
サウナで蒸される。
そのあと日高屋で酒を飲み、また食べる。

健康なのか、不健康なのか。

おそらく、両方である。


努力せず、面接だけで大学へ

この日の始まりは、驚くほど爽やかだった。

青い空。
夏の日差し。
元気に咲いている、ひまわり。

このあと、45歳と46歳の男がニンニクまみれになるとは、ひまわりも思っていなかっただろう。

俺は高校時代、東京大学を目指していたわけではない。

というより、そもそも大学へ行けるような偏差値ではなかった。

ところが、指定校推薦という不思議な扉が開いた。

試験は、面接だけ。

血のにじむような受験勉強をしたわけでもない。
眠い目をこすりながら英単語を覚えたわけでもない。

はっきり言って、何も苦労しておりません。

棚からぼたもち。
推薦から大学。

そんな感じで入った埼玉の大学で、俺はこの悪友と出会った。

当時はまさか、45歳になっても一緒にニンニクを食べ、サウナへ行き、日高屋で6500円分も飲み食いするとは思っていなかった。

人生とは、分からないものである。


45歳と46歳、村山ホープ軒へ


最初に向かったのは、俺たち二人が大好きな「村山ホープ軒本店」。

青空に映える、真っ赤な看板。

我々の食欲は、それよりも赤かった。

このマットを越えた瞬間、翌日の口臭はほぼ決まった。

券売機には、ラーメン、大盛ラーメン、チャーシューメン、スペシャル、ニンニクラーメン。

魅力的な言葉が並んでいる。

俺は45歳である。

本来なら、健康を考えて普通盛りにする年齢なのかもしれない。

しかし、券売機の前に立った瞬間、胃袋だけが大学時代へ戻った。

当然のように、大盛りを選んだ。

悪友は46歳。

こちらも、落ち着く気配がまったくない。


ニンニクは薬味ではない。信仰である


運ばれてきたラーメンには、チャーシュー、コーン、もやし、ゆで卵、海苔。

これだけでも、すでに十分である。

しかし、我々には足りないものがあった。

ニンニクである。

俺たちは、なぜか昔から、

「ニンニクを食べれば病気にならない」

という言葉を信じている。

誰から教わったのかは分からない。

医者が言ったのか。
ラーメン屋のおじさんが言ったのか。
それとも、俺たちが都合よく作り上げたのか。

おそらく、最後のやつである。

そんなニンニク信仰を続けながら、俺は45歳、悪友は46歳になった。

今のところ、二人とも大きな病気にはなっていない。

ただし、二人ともメタボである。

だが、メタボは病気ではない。

生き方の証である。

……などという深い話は、もちろん一切していない。

ニンニクを少し入れる。

うまい。

もう少し入れる。

さらにうまい。

気がつけば、ニンニクは薬味ではなく、ほぼ主役になっていた。

悪友と会う日に、口臭を気にしてはいけない。

お互いさまである。


人は、ほんの少しだけ成長する

昔、悪友と横浜へ行ったことがある。

ゴールデンウィークだったような気がする。
釣りへ行ったような、行っていないような気もする。

細かい記憶は、もう曖昧である。

ただし、横浜で家系ラーメンを食べたことは覚えている。

そこで調子に乗り、スープを全部飲み干し、そのあと見事に体調を崩した大馬鹿者がいた。

誰だ。

ざっこく。だ。

はい、僕です。

あのときの反省を生かし、今回はスープを全部は飲まなかった。

人は成長するのである。

ただし、大盛りを注文し、ニンニクをたっぷり入れている。

成長しているのか、していないのか。

そこは、考えないことにした。

メカドック。


運転技術はアイルトン・セナ。会話はバナナ以下

ラーメンを食べたあと、悪友の運転で、悪友の実家へ向かった。

悪友は、車の運転がとにかくうまい。

たとえるなら、アイルトン・セナ。

いや、そこまでスピードを出すわけではないので、マリオカートのルイージくらいである。

なぜマリオではなくルイージなのかは、俺にも分からない。

とにかく、安心して助手席を任せられる男なのだ。

悪友の実家に車を止めて、そこからバスに乗り、武蔵小金井へ向かった。

車の中でも、バスを待っている間も、俺たちはずっとしゃべっていた。

爆笑。
爆笑。
爆笑。
また爆笑。

何を話していたのかは、ほとんど覚えていない。

覚えていないということは、おそらく1ミリも身のない話だったのだろう。

男二人が、何の役にも立たないことを何時間もペラペラ、ベラベラしゃべっている。

最高ではないか。

45歳になると、会社ではそれなりのことを考える。

家庭では、それなりに気をつかう。

体重、血圧、老後についても、少しずつ気になってくる。

でも、悪友と一緒にいるときだけは違う。

何の意味もない話をして、何の理由もなく笑う。

昔と変わったのは、笑いすぎると少し息切れすることくらいである。

運転技術は、アイルトン・セナ。

会話の中身は、マリオカートのバナナ以下であった。


ニンニクをまとった男たち、武蔵小金井のサウナへ

ニンニクをたっぷり食べた男二人が、RAKU SPA武蔵小金井へ到着した。

周囲の皆さん。

ごめんチャイニーズ。

まず、何より立地が最高である。

武蔵小金井駅から、すぐ。

そして中には、いろいろなサウナがある。

正直、2時間では全部を回りきれなかった。

最初に入ったのは、ジャズが流れているサウナだった。

テレビはない。
余計なものもない。

静かな空間に、ジャズだけが流れている。

ジャズを聴きながら、じっくり汗をかく。

これが、たまらんち会長である。

水風呂も気持ちよかった。

特に気に入ったのが、頭まで潜れる水風呂。

サウナで温まった体を、水の中へ沈める。

生き返る。

たまらんち会長。

さらに、熱々のロウリュサウナにも入った。

最初、何も考えずに最上段へ座ってしまった。

あまりの熱さに、目玉が飛び出しそうになった。

慌てて一番下の段へ移動したが、一番下でも十分に熱い。

体から汗が出た。

悩みも出た。

余計な水分も出た。

ただし、ニンニク臭だけは最後まで我々と行動を共にした。

そのあと、外気浴スペースのリクライニングチェアへ。

完全に、ととのった。

気持ちがよすぎて、30分くらい動けなかった気がする。

待っていた方がいたら、ごめんなさい。

でも、動けなかった。

たまらんち会長だったのである。

20時からのアウフグースにも参加した。

熱い風をたっぷり浴び、汗をかき、心も体も軽くなった。

最高の2時間だった。

これはハマる。

回数券を買うしかないぜ。

おすすめ度、マックスギガトン級である。


ととのった二人、日高屋で乱れる

サウナで、体の余計なものをすべて出した。

その直後、我々は日高屋へ入り、全部を補充することにした。

人間とは、実に不思議な生き物である。

焼き餃子。

ネギチャーシュー。



生姜焼き。

ポテト。

キムチ。

チャーハン。

酒。

そして、また酒。

サウナで空っぽにした体へ、片っ端から詰め直していく。

何のために汗を流したのか。

そんなことを考えてはいけない。

サウナとは、日高屋をもっとおいしく食べるための前菜だったのだ。

ヒルズ族にはなれなかった。

タワーマンションにも住んでいない。

高級フレンチで、ワインを静かに傾ける人生でもない。

しかし俺たちは、ついにたどり着いた。

日高屋族である。

餃子を食べ、酒を飲み、くだらない話で笑い続ける一族だ。

野菜も食べている。

ネギなので、たぶん健康である。

45歳と46歳、チャーハンを分け合う。

青春とは、米粒の中にも残っている。

何を飲んでいたのか。

写真を撮った本人にも、よく分かっていない。

冷たくて、うまかったことだけは覚えている。


心理学を学んだ男、いまは焼き餃子を学ぶ

この日、俺が着ていたのは「焼き餃子協会」のTシャツである。

悪友ではない。

俺である。

埼玉の大学で学んだ俺は、たしか心理学のゼミに入っていた。

「たしか」というところが、いいでしょう。

何を勉強したのかは、ほとんど覚えていない。

カウンセリングについて書かれた、たしか何かの本を読んだ記憶はある。

たしか、である。

人の話を聞くことの大切さを学んだような気がする。

ざっこく。流に要約すると、

大学では「ヨイショ」を学んだのである。

「そんなことは教えていません」

と大学事務局から怒られてしまいそうだが、苦情は受けつけません。

そんな俺も、45歳になった今、真剣に勉強しているものがある。

心理学ではない。

経営学でもない。

英語でもない。

焼き餃子である。

俺は、焼き餃子協会の会員になった。

会員になるためには、難しいウェブ試験に合格しなければならない。

俺は見事、その試験に合格した。

ただし、その試験は何度受けてもいい。

落ちても、また受けられる。

何度でも挑戦できる。

焼き餃子協会は、人に優しいのである。

それでも、合格は合格だ。

このTシャツは、単なるTシャツではない。

俺にとっては正装であり、勝負服であり、お守りでもある。

大学時代に出会った大好きな悪友と遊ぶ日。

ニンニクたっぷりのラーメンを食べ、サウナへ入り、最後は日高屋で餃子を食べる日。

このTシャツ以上にふさわしい服が、ほかにあるだろうか。

いや、ない。

心理学のゼミでは、人の話を聞く大切さを学んだ。

焼き餃子協会では、餃子への愛を学んだ。

そして悪友と一緒にいる時間からは、

中身のない話でも、笑って聞いてくれる友達の大切さを学んだ。

結局、45歳になって一番役に立っているのは、心理学でも焼き餃子学でもない。

悪友のくだらない話に、

「分かるわー」

「それ最高だな」

「馬鹿野郎!」

と返す力である。

これを俺は、大学で学んだ「ヨイショ」の集大成と呼んでいる。

そして、焼き餃子協会の正装をまとった俺は、日高屋の餃子を前に静かにうなずいた。

うまい。

心理学的にも、焼き餃子的にも、完全に正解であった。


日高屋で6500円

気がつけば、会計は二人で約6500円になっていた。

日高屋で6500円。

我々は、かなり食べた。

お腹はパンパンだった。

いや、パンパンという言葉だけでは足りない。

パンパシフィックである。

環太平洋規模で、腹が張っていた。

大学時代には、こんな45歳になるとは思っていなかった。

もっと立派な大人になっていると思っていた。

仕事で成功し、高級な店で難しい話をしながら、静かに酒を飲んでいると思っていた。

実際はどうだ。

焼き餃子協会のTシャツを着て、悪友と日高屋で6500円分を食べ、何の役にも立たない話で笑っている。

でも、こちらのほうがいい。

俺は、心からそう思う。


そこで得た友は、ハーバード越えだった

東大には入っていない。

そもそも受けてもいない。

ハーバードにも、オックスフォードにも、MITにも入っていない。

何も努力せず、指定校推薦の面接だけで入った埼玉の大学だった。

けれど、そこで俺は出会った。

45歳になっても、一緒にニンニクをたっぷり食べられる友達。

何時間もくだらない話をして、爆笑できる友達。

サウナで蒸され、日高屋で腹がパンパンになるまで食べられる友達。

そんな友達に出会えたのなら、十分ではないか。

いや、十分どころではない。

ハーバードを超えている。

努力せず
面接だけで
大学へ
そこで得た友
ハーバード越え

こうして、45歳と46歳の珍道中は終わった。

二人はパンパシフィックなお腹を抱え、それぞれの家へ帰り、気持ちよく爆睡した。

翌朝。

あれだけニンニクを食べたのだから、元気で仕方がない。

体力は、ハーバード越え。

ただし、息の臭さはオックスフォード。

いびきの音は、MITだった。

最高の時間であった。

ごめんチャイニーズ。
メカドック。


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ざっこく。 ありがとうございます。本当に励みになります。引き続き、よろしくお願いします。

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