見出し画像

素戔嗚尊(スサノウノミコト)におあいしました。

7月11日・12日は壬生町雄琴神社の八坂祭のおまつりです。
ことしも「素戔嗚尊」にお会い出来ました。
手をかざして屋台の上から状況を見ている「しぐさ」好きです。
自分が八坂祭に関わった40年前からこの像は上通町の会所に置かれていました。
お顔の作りや表情など素晴らしくいつ見ても変わらず、見るたびに今年もまた夏が来ると思います。

素戔嗚尊 黒々とした髭と凛々しいお顔いいです。



「素戔嗚尊」を組み立てるの大変です。

屋台の飾り:素戔嗚尊(すさのおのみこと)の人形の由来
人形の概要:
上通町の屋台(山車)には、大正5年(1916年)に高名な彫刻師である
によって作られた「素戔嗚尊(すさのおのみこと)」の人形が飾られていましたが、現在は詰所に飾られます。
由来と意味:
八坂祭(天王祭)は、もともと疫病除けのために牛頭天王(ごずてんのう)を祀ったことが始まりですが、明治時代の神仏分離により、牛頭天王と同一視される素戔嗚尊が主祭神となりました。つまり、上通町が屋台に素戔嗚尊の人形を掲げるのは、八坂祭の本尊(神様)そのものを象徴しているためです。お祭りの主役である神様を屋台の頂点に戴き、町内の無病息災・疫病退散を直接見守ってもらうという意味が込められています。
古川長延(ふるかわ ちょうえん)は幕末から明治時代にかけて江戸(東京)で大活躍した高名な山車人形師です。
上通町の素戔嗚尊人形もこの全盛期、またはその直後に地域へ迎えられた歴史的な名品です。
古川長延の人形の由来と特徴
江戸の「活人形(いきにんぎょう)」の技術:
古川長延は、江戸時代末期に一世を風靡した「活人形(まるで生きているかのようにリアルで精巧な人形)」の技術を色濃く受け継いだ人形師です。
彼の作る山車人形は、ただ美しいだけでなく、人間の骨格や筋肉の躍動感、今にも動き出しそうな凄みのある表情が最大の特徴です。
疫病退散・神話への祈り:
長延が手がけた人形の多くは、日本神話の神々(素戔嗚尊や神武天皇など)や、歴史上の武将を題材にしています。これらは、神田明神や山王権現といった江戸の「天下祭」や関東各地の夏祭りで、災厄や疫病を払い、町の繁栄を願う象徴(神の依り代)として作られました。
明治から大正にかけて、東京(江戸)の格式高い山車人形が、宇都宮や壬生といった栃木県の主要な祭礼文化圏へと移籍・購入されるケースが多くありました。
上通町の「素戔嗚尊」もまさにその一級品であり、江戸トップクラスの人形師である古川長延のリアリズム(生き生きとした表情や神聖な威圧感)が宿っているからこそ、100年以上の時を超えて、壬生の八坂祭を彩る象徴として今なお圧倒的な存在感を放ち続けています。

素戔嗚尊(すさのおのみこと) 久喜市本壱祭典保存会 人形師:古川 長延 制作年:明治29年(1896年) 成田観光協会ホームページより

いいなと思ったら応援しよう!