試験編第一部完「ゆっくりでいいダモ」
合格発表から、ひと月が過ぎていた。
まだこたつは片づけていないのに、窓の外には春の匂いが混じり始めている。
テキストの厚みだけは、季節に関係なく分厚いままだった。
しっぽの先が、ぴくりと動いた。
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「2級……」
表紙をめくる。
無機物には触れられるから、ページをめくるのも、付箋を貼るのも、オイラの仕事だ。
3級のCBTのときも、そうだった。霊猫は受験なんてできないから、受けたのは風香。
オイラは隣で答えを教えて、風香がそれをマウスで動かしただけダモ。
見出しが、次から次へと現れる。
タックス、不動産、相続……。
知らない山が一つずつ増えていく。
テキストの中に、山脈でもできたみたいだった。
「……こんなに、あるダモ?」
思わず声が漏れた。
窓の外で、塀の上にいた野良猫がこっちを見て、ひと鳴きした。
人間には見えないオイラの姿が、あの子にはちゃんと見えてるらしい。
見られてるのに、独り言は止まらない。
「べ、別に怖気づいてないダモ。ちょっと、山が高いなって思っただけダモ」
「独り言、廊下まで聞こえてたよ」
風香が湯気の匂いを連れて、こたつの向かいに座った。
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正直に言うと、オイラは焦ってた。
風香が困ったときも、抱きしめることも、手を握ることもできない。
だからせめて、知識くらいは役に立ちたかった。
それすら足りなくなったら、オイラはただ隣に浮いているだけになる気がして。
耳がぴくぴく動く。
胸の奥が、ざらざらする。
付箋を、片っ端から貼っていく。
ここ、ここ、ここも。
一日でぜんぶ覚えるつもりで、貼る場所ばかり増えていく。
でも、覚えた手応えは増えない。
「うそだろダモ……」
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「ダーモ」
風香がこたつの向かいから、じっと見てくる。
「なんか、顔つきが3級のときより怖いよ」
「べ、別に怖い顔してないダモ」
「してる」
図星だった。
しっぽが、ばしっと一回、床を叩いた。
「2級は、範囲が3級と比べものにならないくらい広いダモ。全部同じ速さで積み上げなきゃ、間に合わないダモ」
「間に合わせるために、全部一気にやろうとしてるんだ」
「……」
「私も、レポート全部ちゃんと調べてから書こうとして、一回まるごと止まったことあるよ」
風香が少し考えてから、テキストの端を指した。
「全部は分からないけどさ。今日はここだけでもいいんじゃない?」
「……そんなんで、間に合うダモ?」
「今日一つ進めば、今日ゼロよりは進んでるよ」
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「でも、今日一つしか進まなかったら、明日も一つしか進まないダモ」
「うん」
「それじゃ、いつまで経っても終わらないダモ」
「終わらせることより、続けることの方が先だと思うけどな」
窓の外で、さっきの野良猫がまだこっちを見てる。
急かすでも、呆れるでもなく、ただじっと。
「……ダーモが何級でも、ここにいてくれることは変わらないよ」
風香が、ふいにそう言った。
「……資格の話をしてるダモ」
そう返したのに、声がちょっと小さくなった。
しっぽが、意味もなくゆらゆら揺れる。
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オイラは、テキストをもう一度見つめた。
さっきまで、山脈みたいに見えてたページが、今は麓から一歩ずつ登ればいい道に見えてくる。
一段ずつでいい。
一気に登らなくていい。
しっぽが、ゆっくり垂れていく。
でもそれは、諦めたからじゃない。
力が抜けて、ちょうどいい重さになっただけダモ。
「今日は、控除のとこだけ、やるダモ」
「うん、それでいい」
オイラは、付箋を一枚だけ、控除のページに貼った。
触れられなくても、そばにいてくれることには、ちゃんと意味があるみたいだ。
役に立てた分だけ、隣にいていいわけじゃないダモ。
……べ、別に、それに気づいて嬉しいわけじゃないダモ。
ただ、CBTのときと同じで、また作戦を練り直しただけダモ。
「今度の作戦名は――『ゆっくり進軍、作戦』」
「それ、作戦って言うには気が長すぎない?」
「うるさいダモ。長期戦には、長期戦の作戦がいるダモ」
風香が声を立てて笑った。
窓の外で、野良猫が一度だけゆっくり瞬きをして、塀の向こうへ消えていった。
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ここまで読んでくれてありがとダモ。
みんなも、急ぎすぎて苦しくなった日、あるダモ?
最後まで読んでくれてありがとダモ🐾
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