建物をつくるのではなく、暮らしをつくる―紫波町「オガール」岡崎正信さんの講演を聴いて
岩手県紫波町の公民連携プロジェクト「オガール」の運営に携わってきた岡崎正信さんの講演を聴いた。
岡崎さんのお話は、まちづくりや公共施設について、私がこれまで持っていた考え方を根本から問い直すものだった。行政に携わった経験を持ち、現在は地方議員として公共事業や公共施設の議案を審議する立場にある私にとって、非常に刺激的で、考えさせられる講演であった。
オガールという名前を聞くと、図書館や広場、店舗、ホテル、スポーツ施設などが集まった、おしゃれな複合施設を思い浮かべる人が多いかもしれない。
しかし、岡崎さんの話を聞いて分かったのは、オガールの本質は、特徴的な建物をつくったことではないということである。
公共施設、民間店舗、住宅、医療、保育、スポーツ、緑地などを結び付け、地域全体の価値を高める仕組みをつくったことに、本当の意味がある。
◯公共施設は「建てたら終わり」ではない
行政は、ともすると公共施設を建てること自体を一つの成果として考えてしまう。
国の補助金が使える。起債が認められる。土地が確保できた。地域から要望がある。そうした条件が整うと、事業は建設に向かって動き出す。
しかし、公共施設は完成した瞬間から、長い維持管理が始まる。
清掃、警備、光熱水費、設備の更新、修繕、人件費、そして大規模改修。建設時には補助金を利用できても、その後の維持管理費は、自治体が毎年負担し続けなければならない。
岡崎さんは、建物をつくる前に、誰がどのように運営し、どのように収入を得て、将来の修繕費まで確保するのかを考えなければならないと話された。
「運営する人が計画し、運営する人が開発する」
この言葉が強く印象に残った。
行政が計画をつくり、設計者が設計し、建設会社が建て、完成してから運営者を探す。これでは、実際に施設を経営する人の意見が、建物に反映されない。
その結果、見栄えはよくても使いにくい施設、維持管理費の高い施設、利用者が集まらない施設ができてしまう。
オガールでは、計画、開発、建設、運営、維持管理を分断せず、一つの経営として考えている。
◯公共施設を「不動産」として見る
岡崎さんは、公共施設も不動産であるという。
行政は公共施設を、行政サービスを提供するための「箱」として考えがちである。しかし、その施設ができることによって、周辺の土地や建物の価値が上がるのか、下がるのかという視点も欠かせない。
魅力的な公共施設があれば、人が集まり、滞在する。人が集まれば店舗の売上が増え、テナント経営が安定する。住みたいと思う人が増えれば、周辺住宅の需要も高まる。
反対に、誰も利用しない公共施設や、広大な駐車場だけが広がる公共空間は、地域の価値を高めない。
公共施設の整備は、建物一棟の問題ではない。その周辺を含めたエリア全体の価値を、どのように高めるかという地域経営の問題なのである。
◯図書館が人を呼び、民間の商売を支える
オガールでは、公共施設である図書館と、民間の店舗や事務所などが一体的に整備されている。
図書館が魅力的な事業を行えば、利用者が増える。利用者が増えれば、周辺の店舗にも人が流れる。店舗の売上が増えれば、家賃が安定して支払われ、その収入から銀行への返済や施設の修繕が行われる。
つまり、行政が良い公共サービスを提供すればするほど、民間事業も安定する仕組みである。
岡崎さんは、商業振興とは単に事業者へ補助金を出すことではなく、「物やサービスが売れる環境をつくること」だと話された。
これはまさにその通りだと思う。
補助金によって一時的に事業者を支えることはできる。しかし、人が集まり、歩き、滞在し、買い物をする環境がなければ、補助金が終わった後に商売は続かない。
公共施設が人を呼び、その人の流れが民間の収益を生み、民間の収益が地域の維持につながる。オガールが「稼ぐインフラ」と呼ばれる理由が、よく理解できた。
◯銀行もまちづくりの仲間
オガールの公民連携では、金融機関も重要な役割を担っている。
銀行は、自治体が関係する事業だからという理由だけでお金を貸すわけではない。
本当に利用者がいるのか。テナントは入るのか。賃料収入は確保できるのか。借入金を返済できるのか。施設の規模は過大ではないか。
銀行は、事業計画を厳しく審査する。
行政から見れば、銀行の審査は事業を進めるうえでの障害に見えるかもしれない。しかし、岡崎さんは、銀行との対話を通じて、事業を実現可能な規模へと磨いていった。
行政が先に立派な仕様を決め、後から民間事業者や金融機関を探すのではない。市場との対話を重ねながら、実際に経営が成立する事業をつくる。
これも大切な公民連携なのである。
◯広場を駐車場にしなかった
講演の中で、特に興味深かったのが、オガールの広場をめぐる話である。
計画段階では、広場を駐車場にしてほしいという意見があったという。確かに、駐車場を増やせば、車で訪れる人にとっては便利になる。
しかし、広場を駐車場にしていたら、現在のオガールの風景は生まれなかった。
芝生があり、木があり、子どもたちが遊び、人々が座って過ごす。その光景そのものが、オガールの価値をつくっている。
目先の利便性を取るのか。長期的な地域価値を取るのか。
公共空間を考えるうえで、非常に象徴的な事例だと思う。
◯暑いまちには、人が出てこない
岡崎さんは、これからのまちづくりでは、緑と日陰が決定的に重要になるとも話された。
どれほど立派な広場や歩道を整備しても、夏に灼熱の空間となれば、人は外に出てこない。
歩かない。買い物をしない。広場に滞在しない。子どもを遊ばせない。高齢者も外出を控える。
暑さ対策は、単なる環境政策ではない。健康、福祉、商業、公共交通、子育て、観光など、あらゆる政策に関係する地域経営の課題である。
木は一度切れば、同じ大きさに育つまで長い年月がかかる。新しい苗木を植えたからといって、それまであった木陰がすぐに戻るわけではない。
樹木の本数だけでなく、枝葉がどの程度地面を覆い、実際にどれだけの日陰をつくっているのか。いわゆる樹冠率という考え方も、これからの自治体には必要になる。
木陰のある屋外空間は、気持ちのよい室内と似ている。
木の枝葉が天井となり、木漏れ日が照明となり、風や鳥の声が環境音になる。人が安心して過ごせる、屋外の部屋のようなものである。
猛暑が常態化する時代には、灼熱の公共空間をどこまで改善できるかが、自治体の競争力を左右するのかもしれない。
◯観光地ではなく、日本一住みたいまちへ
紫波町が目指したのは、観光客を一時的に集めるまちではなく、「日本で一番住みたいまち」だったという。
この言葉にも感銘を受けた。
観光客が大勢来ることは、地域にとって一つの力になる。しかし、住みたいまちをつくるためには、住民の日常生活そのものを良くしなければならない。
子育て、医療、教育、住宅、買い物、緑、公共空間、働く場所。こうしたものをばらばらに考えるのではなく、一つの暮らしとして組み立てていく。
オガールには、図書館や店舗だけでなく、保育園、小児科、病児保育、スポーツ施設、ホテル、住宅などがある。
施設を寄せ集めたのではない。人が安心して暮らし、働き、子どもを育てるために必要な機能をつないだのである。
◯議員は地域経営の「取締役」
岡崎さんは、議員を自治体経営の「取締役」に例えられた。
この言葉は、地方議員である私に重く響いた。
議員は、地域から寄せられた要望を行政へ伝えるだけの存在ではない。
公共投資の優先順位を判断し、予算を議決し、地域の将来像を選択する責任を持つ。
公共施設の議案が提出されたとき、建設費だけを見て判断してはいけない。
誰が運営するのか。何十年先まで維持できるのか。利用者は本当にいるのか。赤字になった場合は誰が負担するのか。その施設によって地域全体の価値が高まるのか。
そうしたことを問い、判断するのが議会の役割である。
私は市役所に勤務していた経験があるため、行政側が事業を組み立てる苦労も多少は分かる。一方、現在は議員として、その事業を審議する立場にある。
だからこそ、建物をつくることが目的になっていないか、将来世代に維持管理費だけを残す事業になっていないかを、より厳しく確認しなければならないと感じた。
◯大垣市のまちづくりにも生かしたい
もちろん、オガールの仕組みを、そのまま大垣市に持ってくればよいという話ではない。
地域の人口、産業、交通、土地、住民の意識はそれぞれ異なる。
しかし、オガールの根底にある考え方は、どの自治体にも共通する。
建物ではなく暮らしから考える。
行政の都合ではなく、利用者の立場から考える。
補助金が使えるかではなく、事業が持続するかを考える。
施設単体ではなく、周辺地域を含めた価値を考える。
そして、車や建物ではなく、人間を中心に公共空間を考える。
これらは、大垣市においても非常に重要な視点である。
岡崎さんの講演は、成功事例を華やかに紹介するだけのものではなかった。自ら多くの失敗を経験し、その失敗から学び続けてきたことも率直に語られた。
だからこそ、一つ一つの言葉に重みがあったのだと思う。
公共施設をつくるのではなく、人の暮らしをつくる。
施設を完成させるのではなく、地域の価値を育て続ける。
今回学んだことを、今後の議会活動や大垣市のまちづくりを考える際に、しっかりと生かしていきたい。
