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【セレンディピティの喪失】「計画の牢獄」に閉じ込められる組織

大手コンサルタントが漏らした「本音」

 前に、陳腐化した「改革」は捨てるべきだという話をしました。

 今回はさらに踏み込んで、「改革」とセットになっている「計画」の危うさについて考えてみたいと思います。

  以前、数々の大企業の中期経営計画や経営戦略の策定を支援してきた、ある大手コンサルティング会社の方から、興味深い本音を聞く機会がありました。

 その人は、

 「これまで数え切れないほどの企業の経営戦略に携わってきましたが、正直に申し上げますと、計画通りにいくことなど、まずありません」

 と自嘲気味に話していました。

 「中期経営計画」などは、長い時間をかけ、膨大なリサーチ費用を投じて策定します。

 しかし、そうして心血を注ぎこんで策定した「中期経営計画」が、誰も予想しなかった世界的なパンデミックや為替の歴史的乱高下、あるいは競合他社によるゲームチェンジが起きて、「ただの紙切れ」と化してしまうという事態を、何度も目にしてきたというのです。


情勢の変化は「計画」を紙切れにする

 計画があてにならない理由は、「情勢が常に変化しているから」という単純かつ抗いがたいものです。

 社会情勢や国際関係、市場の気分といったものも、刻一刻と変化しています。

 計画を立てた後に、想定外の危機的な状況が発生することもあれば、逆に昨日まで「会社を揺るがす死活問題だ」と大騒ぎしていた課題が、翌日にはどうでもいい小さなことになる場合もあります。

 過去のデータをどれほど分析しても、それを「計画」として紙に書き出した瞬間に、それは「未来の予言」ではなく「過去の記録に基づく空想」へと成り下がってしまうのです。

 そのコンサルティング会社の人も、

 「計画はあくまで、現時点での仮説に過ぎません。決して固執すべき『絶対の真理』ではないので、現状に合わせて、その都度しなやかに書き換えていくべき流動的なものなんです」

と語っていました。


夏休みの計画とセレンディピティ

 ここで少し視点を変えて、子どもの「夏休みの計画」について想像してみてください。

 ある子どもが、夏休みに、「宿題は7月中に終わらせる」、「毎日ドリルを2ページ進める」、「25メートル泳げるようになる」といった目標を立てて、それを達成するための計画を立てたとします。

 意気揚々とカレンダーに書き込んだ計画も、実際に夏休みが始まれば、予想以上の宿題の量に圧倒されたり、水泳が思ったより難しくて、計画どおりに物事が進みません。

 計画を立てても、実際にはやってみなければ分からないことばかりなのです。

 そんな時、計画どおりに進まない子どもを責めることに、一体どれほどの意味があるでしょうか。

 子どもにとっての夏休みは、無限の可能性に満ちた時間です。

 計画にはなかった友達の誘いがあって、サッカーをして遊んだり、川に魚釣りに出かけたり、虫取りに出かけてセミを捕まえたりすることもあります。

 そうしたセレンディピティ※こそが、子どもを大きく成長させます。

 もし子どもが、「計画どおりに過ごすこと」に固執し、友達の誘いを断ってしまえば、その子は「夏休み計画」という狭い箱の中に閉じ込められ、外側に広がる豊かな発見をすべて見逃してしまうことになります。

 大切なのは計画を寸分違わず守ることではなく、夏休みの終わりに「なんて充実した夏だったんだ」と、目が輝いていることではないでしょうか。

セレンディピティ(Serendipity)
 素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見したりすること。また、何かを探しているときに、探しているものとは別の価値があるものを偶然見つけること。単なる「ラッキー(運の良さ)」とは異なり、そこに本人の観察眼や準備、行動が伴っている点が大きな特徴。

イギリスの政治家・小説家であるホレス・ウォルポールの造語

計画の「檻(オリ)」に閉じ込められる組織

 「計画どおりに進まないのが、計画である」ということは、私たち大人のビジネスの世界でもまったく同じです。

 未来のことは誰にも分かりません。

 あてにならない計画にとらわれすぎ、予定通りに動けない自分や部下を責めるのは、あまりに不毛です。

 計画どおりに完遂することだけを目指して、進捗管理のための会議を繰り返し、予定とのわずかなズレも許さず、現場にハッパをかけるといったことがなされればどうでしょうか。

 その息苦しい姿勢は、組織を「計画」という檻の中に閉じ込め、現場から新しい発想や、目の前のトラブルに対する柔軟な対応力を奪ってしまいます。

 その結果、計画外の「新たなビジネスチャンス」や「課題」が現れても、計画のレールから外れることを恐れて、その一歩を踏み出せなくなってしまっては意味がありません。

 つまり、計画がセレンディピティを奪ってしまっているのです。


計画が進捗しているからうまくいっているとは限らない

 更に言うなら、「改革」が「計画」したとおりに進んでいるから安心だと考えている経営陣も大変問題です。

 なぜなら、「計画」という過去の仮説に固執し、目の前の「現実(社会情勢等)」から目を逸らすことは、組織を座礁させるリスクそのものだからです。

 計画策定時の前提条件が崩れているにもかかわらず、計画の完遂そのものを目的化してしまうことは、変化への適応力を自ら放棄するに等しい、危うい経営判断と言わざるを得ません。

 更に計画どおりの進行を唯一の正解とするような硬直的な姿勢は、社会の変化がもたらす予期せぬチャンス(セレンディピティ)を見落とすだけでなく、現場が育もうとする『確かな進歩』の芽を摘んでしまうリスクを孕んでいます。

 そうしたリーダーの姿勢は、危険であり、組織の活力を奪ってしまうことにつながりかねないのです。

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