見つからない時に読む記事
こんにちは、はるひこです。
困りました。見つかりません…
ラップの切れ目が。
皆さんは見つからないときありますか?切れ目。
ラップを引いたら、切れ目がどこか分からない。
爪でこすっても、指でなぞっても、どこにもない…(# ゚Д゚)イラッ
あった(^^♪ → すぐにちぎれる。
はあ…
あ、今回は「ラップの切れ目」と「心の切れ目」って似ているな、と思った話です。
切れ目が見つからないとき
焦って探すほど、見えなくなる。
「どこぉ(# ゚Д゚)?」と思っているうちに、
指ベタベタ
ラップぐちゃぐちゃ
YEAH♪(ラップ違い)
諦めかけたときに、光の角度を変えたら、
――あった✨✨
ちょっとだけ、端がめくれていた。
なぜかほっとした。
それで、次に困らないようにシールを貼りました(^^)

で?
これがなんなの?って思うかもしれません。
これっていろんな「見つからないとき」
に言えると思うんです。
そう、最近は、ラップの端を見つけたら、すぐに貼れるシールが付いてます。
「次に困らないように」
心理学では、こういう行動を**予期的自己調整(anticipatory self-regulation)**といいます。
未来の困りごとを想定して、いまできる範囲で準備しておく力。
これは防衛ではなく、「未来の自分を助ける思いやり」
そんな心の動きです。
でも私、昔は壊滅的に家事はうまくいかなかったんです…
私はいわゆる「セルフネグレクト」の傾向があります。
部屋をどうしても散らかしてしまうんです。
どれだけ周囲に注意「だけ」されても、
治りませんでした…
セルフネグレクトは自己愛の課題と深く密接しているという説があります。
「自分なんてどうでもいい」
そう思うと
部屋をきれいにする=自分を整える、愛する
行為に影響が出る、ということです。
また、「ものに埋まっておくことで
さみしさを補っている」という説もあります。

さて
私、今は少し変わってきました。
周囲の心配してくれる人たち
温かい人たちと接するうちに
自然と発想の転換が
起こりました。
環境を整えるって
私が私を愛すること
ラップの切れ目の「シール」は
未来の私への「バトン」
そう思うと
億劫な家事も
なんだか前より進んでできるんですよね。

シールを貼らない、ということ
シールを貼るのを忘れた日。
今回のように普段しない苦労をすることになります。
切れ目を探して指を滑らせているとき、
「こんな腹立つんだ」
「こうやって自分は探すんだ」って気づく瞬間があります。
つまり、“迷う経験”もまた、探求心を育てる。
整えすぎると、発見の余地がなくなる。
予防と探求――どちらも人が成長するための両輪なんですね。
だから「貼り忘れた」とか
「見つからない」って
実は
「違うやり方」
「違ったもの」
「違う自分」
を探す時だよって
そんなメッセージなのかもしれない
仕方なく、「別の方法考えるか」
そうやって、芯を見つめてみる
あれ?
ふと思う

「これ、バトンみたいじゃね?」って
シールだけじゃなくって
見つからなかった時も
私たちって
未来の私に
バトンを渡していると思う。
それもまた、人の美しさや
強さなんじゃないかな。
おわりに
探しているけど
探せば探すほど
見つからないものって
たくさんある。
生きる意味も
人との関係の取り方も
明日の過ごし方も
近所ののらネコも
ラップの切れ目も
そんな時こそ、一歩引いて見つめてみる。
そうすると見つかったり
見つからなくても
他の大切な物が見つかったりする
大事なのは
私が私に
或いは
誰かに
「バトンを渡しているんだ」
その感覚…なのかもしれないね。


イラスト提供 :knot改さん
k-factoryさん
しゅんぴさん
yonoさん
