見出し画像

ビタミンD総論──欠乏した"ホルモン" その起源と役割

今回は医学探偵の著書「あなたの脳は壊れていない」で主役級の働きをする「ビタミンD」についての総論をお送りします。
書籍内にも提示されていますが、多くの疾患でビタミンD不足が影響を与えることが分かっています。実は、ビタミンDは「免疫の守護神」なのです。しかし、のちに述べるように現代生活は、守護神への「信仰」を失わせました。
まずは、今回、皆様に「守護神」をよく知って信仰を取り戻してもらうための総論をお送りします。次回以降、疾患との関わりについて具体的に紹介していこうと思います。



はじめに:一人の「人物」が、あまりに多くの事件に関わっている

うつ病、統合失調症、関節リウマチ、多発性硬化症、1型糖尿病、花粉症——一見まったく関係のなさそうなこれらの病気の現場に、いつも同じ「人物」が関係している。それが「ビタミンD」だ。

捜査を進めるほど、この人物の疾患への関与が大きいことが明らかになってくる。正確に言えば、その人物が「あまりいない」ときに、疾患が起こっているのだ。
さらに、よく調べてみると、この「ビタミンD」という名前自体が、人物の正体を正確に表わしていない。偽名だ。この記事では、この人物の正体——その起源、本来の役割、そして現代社会であまりいなくなった理由を、順を追って明らかにしていきたい。

現代人は、ほぼ全員がビタミンD不足である

具体的な数字から始めよう。世界中の790万人を対象にした大規模な調査(2023年発表)によれば、世界人口の76.6%が、医学的に「充足」とされる血中濃度を下回っている。約4人に3人だ。

日本人はさらに深刻だ。冬場の日本人成人を対象にした調査では、実に82.2%が不足・欠乏の状態にある。閉経後の女性に限れば、欠乏率は90%に達するという報告もある。

これは一部の不摂生な人だけの話ではない。ほぼ全員が当てはまる、社会全体の現象なのだ。なぜこんなことになっているのか。それを理解するには、まずこの物質の「本当の姿」を知る必要がある。

そもそも「ビタミン」ではない——名前が生んだ100年の誤解

実は「ビタミンD」という名前自体が、歴史のいたずらによる誤称である。

1922年、研究者たちはくる病(骨が変形する病気)を治す物質を、肝油の中から発見した。それが4番目に見つかったビタミンだったので、アルファベット順に「D」と名付けられた——ただそれだけの、事務的な命名だった。

しかし「ビタミン」という言葉には、本来「体内で作れないので、必ず食事から摂らなければならない微量栄養素」という厳密な定義がある。ビタミンDはこの定義に当てはまらない。皮膚が紫外線を浴びれば、体内で作ることができるからだ。全身で日光を浴びれば、わずか15〜30分ほどで、サプリメント換算1万〜2万IU分ものビタミンDが体内で作られる。これは通常の食事摂取量の実に一桁、あるいは二桁多い量だ。ちなみに、下の表は、食事による摂取基準だが、目安量など日光での合成量に比べれば誤差の範囲だということが分かるだろう。

つまりビタミンDは、本来「食べて摂るもの」ではなく、「太陽を浴びて、体内の工場で作るもの」なのだ。この構造は、副腎で作られるコルチゾールや、卵巣で作られるエストロゲンといった、いわゆる「ホルモン」とまったく同じ設計である。実際、ビタミンDの化学構造はステロイドホルモンの仲間(セコステロイド)に分類される。

現代人が「ビタミン」だと思い込んでいるDの正体は、本来は日光を浴びて毎日体内で分泌されているはずの、れっきとしたホルモンだったのである。

さらに古い起源——免疫を守るために生まれた分子

ビタミンDの「本業」を知るには、進化の歴史をさらに遡る必要がある。

ビタミンDを受け取る受容体(VDR)は、なんと約5億5000万年前、まだ背骨も骨も石灰化していない、顎のない原始的な魚の時代から存在していたことが分かっている。この時代の生物には、そもそも骨を作るという仕事自体が存在しない。つまりビタミンDの受容体は、骨やカルシウムのために生まれたのではない

では何のために生まれたのか。この受容体は、体内に入り込んだ異物や毒性物質を感知し、免疫細胞に指令を送る「センサー」の仲間として誕生したと考えられている。つまりビタミンDの「本業」は、「免疫の守護神」。カルシウムの管理という仕事は、脊椎動物が陸に上がり骨格を発達させた、はるか後の時代になって、「後付け」で追加された、いわば副業だったのだ。

この順番を頭に入れておくと、なぜビタミンD不足がこれほど多様な病気に顔を出すのか、その理由が見えてくる。

「カルシウムの管理人」としてのビタミンD

副業の方から見ていこう。ビタミンDは、腸からカルシウムを吸収し、骨の材料として届ける仕事をしている。

ここで欠乏が起きるとどうなるか。体は血液中のカルシウム濃度を、命に関わる最優先事項として死守しようとする。神経を伝わる電気信号も、心臓や筋肉の収縮も、すべてカルシウム頼みだからだ。もし食事や日光からのカルシウム供給が滞れば、体は骨という「貯金箱」を崩してでも、血中のカルシウム濃度を正常に保とうとする。

つまりビタミンD不足の初期には、血液検査の数値はしばらく「正常」に見えてしまう。しかしその裏で、骨という貯金は静かに、そして確実に目減りしていく。これが行き着く先が、子どもならくる病、大人なら骨軟化症や骨粗鬆症だ。この経路の恐ろしさは、その「遅さ」にある。数ヶ月、数年という時間をかけてじわじわ進むため、原因がビタミンD不足だと気づかれにくいのだ。

「免疫の守護神」としてのビタミンD

そしてこちらが、ビタミンDの「本業」である免疫の話だ。この働きは、大きく三段構えになっている。

第一に、バリアとしての役割。 脳と血液の間の関所(血液脳関門)や、腸の壁、気道の粘膜——これらの組織がバラバラにならず、外敵の侵入を防ぐ「壁」として機能するためには、細胞同士を接着する特殊なタンパク質が必要で、ビタミンDはこの接着剤の生産を後押ししている。

第二に、病原体殺傷能力の直接強化。上皮細胞や好中球の抗菌ペプチドの産生を促進する。

第三に、炎症の後始末役としての役割。 体が細菌やウイルスと戦うとき、免疫細胞は一時的に暴れて炎症を起こす。これは必要な反応だが、いつまでも暴れ続けられては困る。ビタミンDは、この炎症という名の「火事」を、適切なタイミングで消し止めるブレーキ役を担っている。

ここでビタミンDが不足するとどうなるか。バリアが薄くなり、外敵が侵入しやすくなる。そして一度始まった炎症にブレーキがかからず、燃え広がり続けてしまう。この「消えない炎症」こそが、うつ病から自己免疫疾患、アレルギーに至るまで、驚くほど多くの現代病に共通する土台になっている。

しかもカルシウムの管理とは違い、免疫の仕事には「貯金箱」に相当する緩衝装置がない。さらにやっかいなのは、「免疫の守護神」が本業にも関わらず、副業の「カルシウムの管理」が優先される設計になっている。だからこそ、免疫の不調は骨よりもずっと早く、そして深刻な形で表に出やすいのだと考えられる。

なぜ現代人だけが、これほど不足しているのか——進化のミスマッチ

ここまでの話をまとめると、奇妙なねじれが見えてくる。

ヒトという種は、進化の過程で、他のどの動物よりもビタミンDの免疫の守護神としての働きへの依存度を高めてきた種である。

その理由はいくつかある。

長い妊娠期間

胎児は免疫系から見ると異物である。免疫系が胎児を排除しないように免疫寛容する必要がある。そのために免疫のブレーキ役である制御性T細胞(Treg)を発達させた。Tregが活性化するためにはビタミンDが必須なのだ。

大きな脳

脳にはビタミンDの受容体があり、神経細胞の発達や神経細胞の保護に重要な役割を果たしている。ヒトはとりわけ大きな脳があるためにビタミンDへの必要量も増えた。

感染に対して過敏に反応する免疫システム

ヒトは他の種と比べると、大きな炎症を起こしやすい。これは、感染症に対して鋭敏な免疫反応を起こす、という意味で、感染症に対して生存に有利である。しかし大きな炎症が起こすということは、後からそれを抑制する必要がある、ということでもある。つまり、ここでもビタミンDの需要が高くなる。

これらの理由からヒトは高い需要を支えるために、進化の過程で毛を失い、皮膚で大量のビタミンDを合成できる、他の動物にはない特別な能力まで手に入れた。つまり本来ヒトは、「必要量が多いぶん、作る量も多い」という、絶妙なバランスの上に成り立つ設計をしていたのである。

ところが現代人は、このバランスの供給側だけを、自らの手で断ち切ってしまった。農耕が始まって定住し、屋根の下で一日の大半を過ごすようになったことで、進化が前提としていた「屋外で日光を浴びる生活」そのものが失われたのだ。

必要量は進化的に上がったまま、作る量だけが文化的に激減した——これが、冒頭で見た「世界人口の4人に3人が不足」という異常事態の正体である。

おわりに:次回予告

おわかりいただけただろうか?
ビタミンDは栄養素ではない。ホルモンであり、免疫の守護神だ。
私たちは現代社会で「屋内で日光を浴びない生活」を送るようになってしまった。それどころか、日光を浴びること自体が皮膚がんの原因や美容の敵として忌避されている始末だ。
我々は本来のヒトの設計に立ち戻り、免疫の守護神への信仰を取り戻すべきなのだ。

総論はここまで。次回以降は、免疫の守護神がいなくなったとき、どのような問題を引き起こすのか?具体的な守護神の働きを交えながら見ていきたい。

ビタミンDに関する記事は下記マガジンにまとめました。



医学探偵が精神神経疾患の真犯人に迫る「あなたの脳は壊れていない」発売中!

電子書籍版

ペーパーバック版


いいなと思ったら応援しよう!

浮島 真一 記事は全て無料です。内容がいいと思ったら応援していただけると励みになります!