還暦過ぎのおっさんが、ブレイクダンスのレッスン現場へ潜入した件
RABのムラトミ先生のオンサイトレッスンへ行くことを決めたのは、開催前日の昼休みだった。
推し活としては、かなり変な部類だ。
普通ならライブへ行くとか、イベントへ行くとか、せいぜい物販へ並ぶくらいだろう。
それが今回は、ブレイクダンスのレッスン現場である。
我ながら、どうかしている。
前々から、気にはなっていた。
ただ、オンサイトレッスンは、自分のような初心者が気軽に飛び込める場所ではない。
いわゆるナンバー生と呼ばれる、ショーケースで踊るような人たちが参加しているのだ。
ブレイクダンスを真面目に学び、技を磨いている若い人たちの世界。
そこへおっさんの自分が行く。
普通に考えれば、かなり場違いなことである。
しかし、今回は事情が違った。
ムラトミ先生のオンラインレッスンもオンサイトレッスンも、残り2回で終了するという。
その最後の期間だけは、特別に誰でも現場参加が認められる形になっていたのだ。
自分はこの1年ほど、オンラインで彼のブレイクダンスレッスンを受けてきた。
共有室を借りて、画面越しに、できることもできないことも含めて、どうにかこうにか続けてきた。
気がつけば、自分で身体を動かしてみること自体が、だんだん楽しくなっていた。
ならば、最後に一度くらい、現地で見ておきたい。
先生は、実際のレッスンではどんなふうに教えているのだろうか。
オンラインレッスンには、ほぼムラトミさんのファン、通称ムラクラたちが集まっている。
画面の中から語りかけてくれて、ファンキーで、推し活としても楽しい時間である。
しかし、教えている内容は本格的だ。
ステップからフットワーク、チェアーまで、初心者には十分すぎるほど難しい。
では、本来のオンサイトレッスンではどうなのか。
若いダンサーたちを前にした時、先生はどんな顔になるのか。
それを見たいと思った。
いや、見たいというより、知りたかったのかもしれない。
もちろん、怖さもあった。
こんなおっさんが行って邪魔にならないのか。
若い人たちが真剣にやっている中で、場を乱すだけではないのか。
そう思う自分に、もうひとりの自分が言い聞かせていた。
これは取材である。
noteを書くためである。
潜入記である。
半分は本当で、半分は言い訳だ。
当日は、用事をぎりぎりまで片づけて、会場近くに向かった。
オンラインレッスンを家で受けてからでは、どう考えても間に合わない。
だから、近くの喫茶店でオンラインレッスンを見学することにした。
ラス前のオンラインレッスンである。
いつもの先生らしく、内容はかなり詰め込まれていた。
しかも、その日オンラインでやったことを、オンサイトでも使うという。
喫茶店なので身体を動かすわけにはいかない。
だが、足の運び方や身体の向きだけは、頭の中で必死に追いかけていた。
たぶん自分は、このあと同じことを現地でやる。
そう考え始めたあたりから、急に落ち着かなくなってきた。
ついさっきまで、いつものようにオンラインのレッスン生として見ていたはずなのに、今日は自分も、そこへ入っていくのである。
温かいルイボスティーを飲んでいるだけなのに、妙な緊張感があった。
集合時間が近づき、オンラインレッスンを途中で抜けて、会場へと向かった。

外観だけ見ると、そこが何の場所なのかよくわからない。
階段を降り、廊下にはリアルアキバボーイズ(RAB)の東京体育館公演のポスターが貼られていた。
受付のある場所へ進むと、赤いスタジオの扉の横にも、しっかりポスターがある。

ああ、ここには、ちゃんとRABの空気が流れていた。
少しほっとしたが、小さなロビーで待っている間は落ち着かなかった。
靴はどこで履き替えるのか。
着替えはどうするのか。
勝手がわからない。
幸い、顔見知りがいた。
初めての現場では、知っている人がいるだけで、ずいぶん救われる。
時間になり、奥のスタジオへ向かう。
予想していたことだが、やはり、みんな若い。
20代から30代くらいだろうか。
身体も柔らかい。
準備の時点で、すでに違う世界の人たちに見えた。
準備体操が始まると、先生が、両手をついた海老反りを「オットセイさん」と呼んでいる。
これと、正座から両手と頭を投地する動きを「土下座」と呼ぶのは、オンラインレッスンの時と同じだ。
ちょっと笑ってしまった。
スタジオの中では、ずっとブレイクビーツのような音楽が流れている。
オンラインレッスンとは、空気そのものが違った。
その中で、先生が声を出し、順番を示し、みんなを引っ張っていく。
そこにいたのは、推しのムラトミさんではなく、完全にブレイクダンスの先生だった。
最初はフットワーク。
オンラインで見ていた内容と同じだったので、なんとか食らいつけた。
もちろん難しい。
隣の人を盗み見ながら、こうか、こうなのか、と手探りで動く。
短いパーツごとなら、なんとかなる。
そう思えたのは、オンラインで1年続けてきたからかもしれない。
できているとは言えない。
でも、まったく知らない動きではなかった。
問題は、その先である。
レッスン開始からしばらくすると、内容は一気に倒立やヘッドスピン系へと進んでいったのだ。
ここからは、もう別世界である。
倒立ができない自分と、あと数人は、壁に足を上げて腕で支える練習をすることになった。
最初は頑張った。
自分の感覚では3分くらいは耐えた気がする。
しかし、腕がきつい。
ものすごくきつい。
少し休んでいると、先生に言われる。
「休んでないで、やって」
基本は優しい。
だが、甘やかしてはくれない。
でも、できるようにさせるための声だ。
そのあとも、この壁倒立のような動きを続けた。
壁にお尻を向け、両手をつき、足を上に上げていく。
角度を急にしていくと、確かに倒立に近い感覚がある。
だが、腕は悲鳴を上げていた。
この時点で、腕はもうかなり限界に近い。
だが、本番はここからだった。
次は3点倒立。
頭と両手で身体を支えるヤツだ。
その時、先生に「ニットキャップ持ってる?」と聞かれた。
実は、家にはある。
オンラインレッスンで被ったこともある。
だが、持ってこなかった。
理由は単純。
いつも被っている帽子を取り替えたくなかったのだ。
自分は頭髪が薄い。
だから推し活の現場では、最初から帽子をかぶっていた。
そのせいか、それがもう「現場の自分」になってしまっていた。
知り合って数年経ったRABファン仲間の前でも、ほとんど帽子を取らない。
その下を知っているのは、限られた数人だけだ。
まあ皆、薄々はわかっているのかもしれないけれど。
ニットキャップに替えるということは、自分の中では、かなりハードルが高かった。
情けない話である。
結局、かぶっていた帽子とタオルで、なんとかやってみることにした。
周りの人たちは、どんどん3点倒立をしていく。
できないのは、自分と、後から聞いたところでは5歳の女の子くらいだった。
64歳のおっさんと5歳児。
なかなか味わい深い組み合わせである。
できない人は「カエル」という動きを練習することになった。
両手をつき、肘の外側あたりに膝を乗せ、頭を前に倒して、両足を浮かせるような動きである。
オンラインレッスンでも出てきた動きだ。
だが、今まで一度もできたことがなかった。
ところが、この日は違った。
周りの人の動きを見ながら、少しだけ頭を地面につけてみた。
すると、ほんの2秒くらい、両足が浮いた。
たった2秒である。
その瞬間、たまたま先生が見ていたらしい。
「ないすぅ」
自分に向けて、そう言ってくれた。
嬉しかった。
ただ、推しに言われて嬉しい、のとは、少し違う。
今までできなかったことが、ほんの少しできた。
それが嬉しかったのだ。
しかも、ちゃんと見ていてくれた人がいた。
感覚を忘れたくなくて、ずっとカエルを練習していた。
結局、できたのは、ほんの2秒間の両足上げだけ。
それでも、自分にとっては十分だった。
レッスンはさらに進んでいく。
他の人たちは3点倒立から、コンティという足で勢いをつける動きへ進み、あと少しでヘッドスピンというところまで教わっていた。
自分は、ところどころ周囲を見ながら、できる時だけカエルを練習した。
途中、首に負担がかかったのか、頭がぐらぐらして気持ち悪くなってくる。
そんな時は水分を取りながら、じっとしていた。
もう限界に近かった。
それでも、外へ出たいとは思わなかった。
この場で、この雰囲気を味わっていたかったのだ。
ヘッドスピンの練習になると、先生が見本を見せた。
本人は「やりたいからやる」とも言っていた気がする。
そして、ほんの3メートルほど先で、ムラトミ先生がヘッドスピンをしていた。
やはり、綺麗だった。
今までも何度も見てきた。
ライブでも、動画配信でも。
凄いことはわかっていたつもりだった。
だが、この距離で見るヘッドスピンは、まるで別物だった。
ロングドリルをしている時、つま先の位置が、ちょうど後ろの鏡の境目あたりに重なって見えていた。
ぐるぐる回っているのに、その位置からまったくズレない。
ずっと同じ位置に足先がある。
その瞬間、背筋がぞわっとした。
ムラトミさんのヘッドスピンとは、こんなにも精密な技なのか。
速いとか、派手とか、そういう話ではなかった。
重心がずれない。
軸がぶれない。
頭だけで支えて身体が回っているのに、ピンと伸びた足先の位置が変わらない。
あれは、神業だった。
いや、先生は、これを普通にやっているのだ。
そこが、さらに恐ろしい。
今までは、自分の実力は先生の1万分の1くらいだろうと思っていた。
甘かった。
そんなものではなかった。
笑うしかないほど、遠かった。
しかし、不思議と惨めとは感じない。
ただ、圧倒されていた。
書いてきたように、この日は、いろんな体験が出来た。
レッスンが終わった時には、完全にバテバテである。
とはいえ、初めてのことばかりで、潜入した甲斐はあった。
けれど、同時に、もういいかな、とも思った。
このポンコツな身体で、よく頑張ったではないか。
実は、翌週の現場レッスンも予約していた。
しかも、それがオンラインもオンサイトも含めた最終回である。
普通に考えれば、最後だから行くべきなのかもしれない。
でも、自分はキャンセルした。
筋肉も、膝も肩も、かなり限界が近そうだった。
正直、それは大きい。
だが、それだけではない。
一度現地へ行った。
先生の本来のレッスンを見た。
若いダンサーたちの中で、自分なりに動いた。
2秒だけ足が浮いた。
3メートル先で、正確無比なヘッドスピンも見た。
それだけで、もう十分だ。
だから、最後は自分らしくオンラインで迎えようと思った。
自分にとって、この1年のレッスンは、やはりオンラインから始まったものだから。
画面越しに先生を見て、部屋で汗をかき、できない動きに笑いながら、それでも少しずつ続けてきた時間だった。
ならば、最後もそこで見届けるのが、自分らしい気がした。
オンラインレッスンが終わると聞いた頃、自分は寂しさのままに、初めて曲を作った。
歌詞はChatGPTで作り、Sunoで曲にしたのだが、最初に出来上がった曲は、思った以上に「哀しさ」の色が強い。
やはり心情が反映されるものなのか。
だが、何度も聴いているうちに、少し考えが変わった。
レッスンが終わるのは、先生が止まるからではない。
きっと、もっと前へ進むためなのだ。
だったら、自分は、その背中をこれからも追っていけばいい。
そう思って曲調を変えていくうちに、少しずつ、自分の中でも整理がついてきた。
気がつけば、曲も前向きなものへ変わっていた。
あの日、自分は、それまでわからなかった感覚を、ほんの少しだけ掴めた気がした。
そして3メートル先には、自分には到底届かない世界があった。
先生としての彼を見る機会は、もう無くなってしまうのかもしれない。
それでも、きっと彼は、RABとして、これからも光ある未来へと進んでいくと信じてる。
※文中の曲を歌詞付き動画にしました
