ショパン2026年へ12|横浜ーー帰らない夜
扉の向こうには、
横浜の夜景が広がっていた。
高層階の窓から見下ろす、光の海。
港の灯りが、水面に揺れている。
シャンパンの泡が、その光に溶ける。
「……きれいだね」
彼が、窓の外を見ながら呟く。
「うん」
私は、彼の肩に頭を乗せる。
「キレイ…本当に」
「……ああ」
低く、静かな声。
「でも今は」
彼が私を見る。
「この光より」
「君の方が、ずっと眩しい」
そのまま…
もちろんそうなって、そうなる……🤘💕
やがて、静かな寝息。
気がついたら、眠っていた。
⸻
目が覚めた瞬間、
何かが違うと分かった。
温度が、ない。
隣にあったはずの体温が、
跡形もなく消えている。
「……フレディ」
返事がない。
「……フレディ?」
暗い部屋の中で、
声だけが、虚しく響く。
シーツに手を当てる。
冷たい。
もう、ずっと前から
誰もいなかったみたいに。
⸻
——帰っちゃったんだ!
その言葉が、頭の中に落ちてきた瞬間、
息が…うまく出来なくなる…
19世紀に。
リストに呼ばれて。
私を置いて——
「……嘘でしょ」
声が、震えた。
「やだ……」
「こんなとこに、ひとりにしないで……」
気づいたら、涙が溢れていた。
あんなに「離さないで」と言ったのに。
あんなに「ここにいる」と言ったのに。
それでも——
消えてしまうのかな。
いつか必ず、
この時間には終わりが来るって、
分かってたはずなのに。
こんなに急に来るなんて、
思っていなかった。
⸻
そのとき——
バスルームの扉が開く。
「……さちこ?」
光の中に、彼が立っていた。
濡れた髪。
タオルを肩にかけたまま、
こちらを見ている。
私は顔を上げて、そのまま崩れた。
「もぉー……やだよぉ……」
「びっくりしたじゃん……」
「もぉー……」
次の瞬間、強く抱きしめられる。
「ごめん……!」
「ごめんよ、さちこ……!」
濡れた髪のまま、
彼はそのまま私を抱きしめる。
「……泣かないで」
「僕がいないなんて、ありえないのに」
⸻
彼の手が、私の頬を包む。
あたたかい。
さっきまで冷たかったシーツが、
嘘みたいだった。
「……怖かったんだね」
小さく頷く。
「ごめん」
「君があんまり幸せそうに眠ってたから」
「少しだけ離れても、大丈夫だと思ってしまった」
彼の額が、私の額に触れる。
「……でも違った」
「僕は、君を一人にしない」
⸻
ぎゅっと、抱きしめられる。
「どこにも行かないよ」
「19世紀にも」
「リストのところにも」
「僕がいたいのは」
「ここだから」
私は、彼の胸に顔を埋める。
「……ほんとに?」
「ほんとに」
⸻
彼の鼓動が、耳の奥で響く。
やっと、実感が来る。
いる。
ちゃんと、ここにいる。
「……ねえ」
「もう一回」
「おやすみ、言って」
彼が、少し笑う。
「……おやすみ、さちこ」
「今度は、ずっとここにいる」
⸻
私は目を閉じる。
さっきまでの不安が、
ゆっくり溶けていく。
彼の腕の中で、
もう一度、眠りに落ちた。
