大学病院と大病院の違いを感じる私の世界
病院には様々な種類がある。
個人医院である開業医、市民病院などの中(ちゅう)規模病院や大病院、そして大学病院という風(ふう)に、だいたい大雑把にわけられると思う。
中でも大学病院と大病院の受診基準の違いを、私が経験する内容に照らし執筆して参ることとする。
大学病院は、あくまで急性期医療の提供をしているから、難病でも、治験対象だったり、プロトコルに従って治療対象である場合に受診する医療施設であると考えている。
その点、大学病院にしかない診療科でないのなら、治療が固定している、もしくは、治療が大学病院でしかできない状態から脱した、といった場合に、大学病院から移る医療施設が、大病院なのであろうと言える。
また、大学病院は治験が多いことからもわかる通(とお)り、研究に力を入れている。
大学病院はその名が表す如く、大学であるから、医師達の育成機関としての立ち位置になっている。
最新医療を受け易いが、エビデンスデータの蓄積に身体を貸す心構えが必要ともされる。
その3本の柱が無いというワケではないが、細いという特徴が大病院であろう。
そして、大学病院ほど細かな臓器別に医療を提供しないのも、大きな違いと言える。
私は「ベーチェット病と膠原病の重複症候群」だが、元々は、大学病院の「リウマチ・膠原病内科」で診療してもらっていた。
しかし、主治医が大学病院から大病院に移り、私自身も大学病院で受けるべき治療方針から外れたので、一緒に大病院へ変わった。
2019年から随時、内分泌内科以外の診療科に関し、大学病院から、現在お世話になる大病院に拠点を移した。
内分泌内科だけは、私の「腎血管性高血圧症」という病気の原因である「高レニン血症」を、大学病院でしか診療できないから、今まで通り大学病院での受診を継続している。
さて、大学病院から大病院に移動しても、私の入院は、毎年、必要だった。
実に、2004年から20年間は毎年入院生活を余儀なくされた。
しかし、昨2025年は、漸く1年間入院をせずに済んだ。
それは往診医に介入してもらえたことが非常に大きい。
そして、それまでの入院生活や、診察経過を振り返ると、大学病院と大病院では歴然たる差があったと思うのだ。
大学病院には医局の存在がまだまだ大きく残っており、大病院はそれに比して一つの診療科が小さな単位であるから、主治医に診療の権限が大幅に任されている。
ましてや、私の主治医は、診療部長として大病院の「膠原病・リウマチ内科」に勤務されているから、大学病院に居た時よりも、臨床に力を注ぎ、かなりフットワークが軽くなったと感じる。
事実、主治医がそれを望み、大学病院から大病院に異動したと、話して下さった。
更に、内科としての診療科枠(わく)である為、科は別になっていても、その分野に多少介入することは大学病院のようにご法度ではない。
私のような全身性の病気の患者にとり、これは、かなり楽に診察を受けられるということである。
いちいち曜日が異なる他科に足を運ぶ必要がなくなり、通院に追われる毎日から解放されるワケだ。
更に言えば、往診医に介入して頂いて、毎月1度の大病院受診すら3ヶ月に1度と、回数を減らせることが叶った。
大学病院に至っては、半年に1度と激減した。
これは福音が大きい。
何故なら免疫抑制をしている治療方針故、通常の方々と比べて、免疫力が半分しかない私にとり、病院ほど感染症に罹患する確率が高い危険な場所はないからである。
通院は極力避けるのがベストなのだ。
さて、大学病院から大病院に移り、更に、施設を退所し一人暮らしを始めたことで、往診医にご訪問頂くようになったのは、2024年11月からである。
昨年1年間は20年振りに入院を免れたとは、先に記(しる)した。
だが、本来なら入院になっていたエピソードが、2025年9月に実は起こっていたのだ。
しかし、往診医が大病院の膠原病内科医とコンタクトを取って下さり、適切な初期治療をして下さったから、入院せずに済んだのである。
これは、心身的にも金銭的にも非常に大きい。
入院すれば、必ず絶食治療から入るので、流動食の再開を始めても、栄養はなかなか追いつかない。
ましてや食事開始から、7分粥食の分割食に戻すまで、大概1ヶ月間は必要になる。
従って1度入院したら、2ヶ月は病院に留まることになる。
この間、感染症に罹患しないよう、私は個室に入る。
即ち、1日15,000円という差額ベッド代が必要なのだ。
これだけで、実に、90万円の出費である。
しかも病院は、最多でも、4分割食にしか対応していない。
だから、1日700kcalの7分粥食で、朝・昼・夕の3回食事を頂くが、残りの、朝のおやつ時・昼のおやつ時・眠前・夜中の食事は、自分で売店にて購入し、用意せねばならない。
そうしなければ、1日1600kcalの必須エネルギーに辿り着かないからである。
それに勿論、医療費がかかる。
入院すれば、それら支出が自動的に発生する。
それを乗り越えて退院したら、体力が落ちている身体での生活が待っている。
入院して良いことは、基本的にないと思う。
それは必ずQOLが定価するからだ。
食事と入院前のように付き合える身体、生活リズムを取り戻す体力は、確実にダウンしている。
単に急性期の治療が入院でなければできないから、致し方なく入院してきたのだ。
それを回避できた昨年は、本当に有難かった。
これは、大学病院に主科を置いていれば、当然、なし得なかった事象である。
大学病院から大病院に拠点病院を移すのは、皆様個々人の感覚でなさることである。
それは大前提だと、当たり前を申し上げると共に、私の経験談に基き共感して頂ける方には、その起点を見極めてもらえればと、こちらの執筆をした所存である。
大病院ならではの、地域医療との関係性、並びに、地域医療従事者と患者との関係に於いて、全ては人で包括されているのだと訴える。
