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第五章 会社(かいしゃ)の上司から初お見合い話

    この話は、私の一生の中で、唯一異世界に入ってしまったと思うぐらいの体験でした。

     (えー!!)ということが連発しておきましたから、強烈に覚えているお相手との、お話なのです。



    総務・人事部の部長にはたいへん可愛がって頂きました。

    時は先の頁に書いた不倫をする前、先輩の義弟とお見合いをした後です。

    「宮ちゃん、お見合い話があんねんけど。一度会うて(おうて)くれへんか?私が総務にくる前に居た営業部の得意先の息子やねんけど。セッティングは私がするし、仲立ちも私がするから心配せんでいいので。宮ちゃん、最近は体調悪いからさ、そろそろ結婚を前提に、自分の将来を考えたらどうやろう?私が思うに、宮ちゃんは仕事ができるけど、家庭的やから、家庭に入ったほうが幸せちゃうかなと思ってな。どうする?」
と部長は本気で、私の未来を心配して下さっていました。

    社内では、私を女性としては最年少の課長に推す声がありました。が、部長は、
    「それもひとつの生き方やけど、宮ちゃんの身体を考えたらな。私にも、娘が居(お)るから思うねんけど、やっぱり、未来をある程度確約できる相手と結婚して、家庭に入って、悠々自適に暮らすほうがいいと思うんや。宮ちゃんの親御さんもキャリアウーマンじゃなくて結婚して、専業主婦を望んではるんやろ?」
と仰(おっしゃ)いました。

    そこで、一度部長の指示に従って、お見合いをすることにしました。

    お見合い場所は会社の近くにあった、割烹の個室でした。

    その日は就業時間の5時ぴったりに仕事を上がり、部長に連れられて、そのお店に行きました。すると、既にお相手は到着されていました。

   部長はお酒は苦手でしたが、かなりの美食家で、出張の度に美味しいお店に連れて行って頂き、ご馳走して下さいました。

    私がお酒好きとご存知だったから、私にはお酒をたくさん飲ませても下さいました。

    そんな部長ですから、接待を兼ねて私もその割烹には幾度か一緒に行ったこともありましたが、その時は食べたことのない高級なコース料理をご用意されていました。

    でも、総務・人事部に異動してから、私は専務や常務、平(ひら)取締役の方々とのお食事も経験していましたから、その場の雰囲気に飲み込まれてしまうことはありませんでした。

    それに、小笠原流礼法を習っていましたので、マナーについても自信がありました。

     お相手さんは、おひとりでした。

     それを知った部長が、
    「今日は爺やさんは?」
と訊ねました。

    (え?爺やさんと言ったよな……)
と私が思った時、お相手さんは、
    「表で今日は待機しています」
と何でもないことのように答えました。

    (ん?)
お相手さんのスーツがかなり高級なのは、一目見てわかりましたが、
    (お見合いやしな……)
と思っていたのです。しかし、
    (もしかして……お金持ちのお坊ちゃんか?)
と思い至りました。

    会食は和やかに進みました。

    彼は、非常に上品な身のこなしをされ、チラチラと私の箸の上げ下げをご覧になっているのがわかりました。
    (礼法習ってて良かったあ)
としみじみと思いました。

    そして、コース料理が最後になり、部長が、
     「この後は、二人で喫茶店にでも行き。まだ早い時間やし、ゆっくり私が居ない所で話でもしてから、帰ったらいいよ」
と仰(おっしゃ)いました。

    割烹を出て、部長と別れたら、爺やさんの姿が見えました。なんと、リムジンが停まっていたのです。

    2、3歩後ずさりしてしまいました。

    彼は、
     「これから、こちらの方(かた)と喫茶店に行くから」
と爺やさんに話され、
    「今日はついてこないで」
と言いました。そして、
    「どちらにしますか?」
と私に訊ねられました。

     私は、彼が甘い物がお好きだと聞いていたから、普通の感覚で、よく同期と利用していた、ケーキが美味しいお店にしようと考えました。

    私は甘い物が苦手ですから、そのお店なら、私でも食べられる、スコーンがあるし、何より紅茶の大変美味しいお店だからお奨めできると思いました。

     しかし、彼の中で喫茶店と言えば、ホテルのラウンジか、会社で使う高級な老舗のお店だとわかりました。

    私はつい、普段の調子で、
    「この近くにはよくお見えになるのですか?」
と彼に訊ねました。
    「いえ、普段は社長の父と出かけることが殆どですし、あまりこの辺りは詳しくないのです。爺やに車で送ってもらいますし」
と仰ったから、
     「良かったら、私がよく友達と行くお店なのですが、美味しい紅茶とケーキがあるので、そこに行きませんか?ここから直ぐなんで歩いていけますし」
と言いました。彼は、目を輝かせて、
    「そこに連れて行って下さい!!」
と言いました。

    爺やさんはオロオロした感じでしたが、リムジンを停車できるような喫茶店ではないのでそのまま割烹で待って頂くように伝えました。

    そして、夜の繁華街を少し彼と歩きました。

    彼はキョロキョロしながら、
     「いつもこの辺でお食事されるのですか?」 
と訊ねられました。
     「ええ。同期とは、だいたいこの辺りが多いですね。でも基本的には自宅で食事はしますが。あとは最寄り駅で友達と待ち合わせしたりして、そちらにもよく立ち寄りますよ」
と答えました。

    彼は、興味津々で、話を聞いているのがわかりました。

     喫茶店に到着したら、私が扉を開けて彼に中へ入るように促しました。

    入店し、ショーケースのケーキを見に行くと、彼はまた目を輝かせながら、
    「ここはどういうお店なのですか?」
と訊ねました。
    「こちらの中から、お好きなケーキを注文すれば、後で席に持ってきて下さいます。飲み物は席で注文できますから」
と説明しました。

     私はそもそも食べる物が決まっていますから、彼が選ぶのを待っていました。すると、
    「あの?何になさるのですか?」
と訊ねられたので、
     「スコーンです」
と言うと、
     「僕も同じ物にしていいですか?」
と仰るので、
      「はい」
と言って、私はスコーンを2つ注文し、席に彼をいざないました。

    「ここの紅茶、美味しいんですよ」
と言えば、やはり同じ物をと仰るので、ウェイトレスさんに私がいつも注文する紅茶をお願いしました。

     暫くして、紅茶とスコーンがきました。

    彼は物珍しいと言わんばかりに目を大きくして、見つめていました。どうやら彼の中の好奇心が目覚めたようでした。

    「こんなお店は初めてです」
と仰(おっしゃ)いました。

    それから2時間ほど彼から、質問責(ぜ)めに合いました。温和な話し方で、気品高く、嫌な感じはしませんでしたが、あまりに庶民の私とはかけ離れた生活をされていると知り、
    (これって、所謂「玉の輿」というやつか……)
とやっとわかりました。

    「そろそろ出ましょうか」
と私が言うと、彼は精算書を手にしました。
    「女性に支払わせてはいけないと教えられていますから」
と言って、レジが何処かを私に訊ね、そちらに向かいました。

    しかし、彼は、なんと小切手で支払いをしようとしたのです。

    私は慌てて、
    「あの、こちらのお店は現金払いなんです」
と言ったら、彼は困った顔をしました。
    「僕、現金は爺やに預けているから……」
    「あ。では、私が払いますね」
    「いや、それは駄目です」
    「んー、それなら、私が立て替えます。後で爺やさんにお会いした時に、お金を頂いたら、私が払ったことになりませんよね?それでどうですか?」
    「わかりました。では、そうしましょう」
ということで、話がまとまりました。

    彼は、
    「たいへん楽しかったです」
と、上背のある身体を少しかがめ、私の顔をまじまじと見ながら言いました。

    しかし、この後、更に彼をウキウキさせてしまうことを、私は言ってしまうのでした。

to be continue.