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白蛇(しろへび)

    実家には所謂「屋敷蛇」が住んでいた。

    雌雄であり、恐らく雄が黒、雌が白だと思われる。

    このペアの蛇は永らく実家に居り、脱皮した抜け殻から、胴回り5cmぐらいで、全長が1m20cmほどあるのを、私が15歳の時に確認している。

    離れの私の部屋の天井には、びっしりと大蛇のような蛇の鱗の痕(あと)があり、脱皮をする時には、
    「カサカサ。ゴソゴソ」
と、音をたてていた。

    いよいよ脱皮する段になると、屋根裏から、縁の下に移動し、私の部屋の下で、目玉の形まで判別できるほど綺麗に皮を脱ぐのである。

    だいたいいつも私が勉強机に向かっていると、上から音が先ず聞こえ、更に壁を伝い縁の下に移動して行くのがわかった。

    だから、ある時、弟に話してみた。

    すると、弟は剣道を習っていたので、自分が持つ一番長い竹刀を引っさげて、中庭に降り(おり)、私の部屋の下に当たる縁の下を覗き込んだ。

    長い抜け殻は暗いスペースに横たわっていたが、懐中電灯片手に竹刀で、クイクイと、器用に外へ取り出した。

    その抜け殻は、新聞紙を敷いた渡り廊下に真っ直ぐ置き、長さを測ったから、大きさが知れたのである。

    それをとぐろに見立ててクルクル巻き、菓子箱に入れ、当時、小学校4年生だった弟は、学校へ持って行った。

    教室で先生を前に菓子箱の蓋を開けると、歓声が上がったという。

    これほど完全な状態の抜け殻を目にした学生は居らず、教師ですら珍重したらしい。

    抜け殻を財布に入れておけば金運アップだと教え、教師は1m以上ある蛇の皮を、生徒全員に渡るよう切り分けて配ったのだった。

    そんな蛇の夫婦は子孫をたくさん残していた。

    ある時は、中庭の中心にある松の木に、クリスマスツリーの飾りみたいに巻きついていたり、渡り廊下の隅でミミズを少し大きくしたぐらいの生まれたての蛇がとぐろを巻き、チロチロと赤い舌を出しているのを目撃した。

    庭の草むしりをしていたら、蛇がササッと横切ることは、しょっちゅうだった。

    家の中に入って来たある程度大きな子供の蛇は、母が裏の竹藪に離し、ごく小さな子供なら、弟と私で隣の溜池に逃がしたものである。

    そんな蛇の一家だが、どういうわけか、白蛇(しろへび)だけとんと姿を見せなかった。

    では何故、白蛇(しろへび)の存在を知るかというと、土地家屋の持ち主である母にだけは、家族に大きなイベントがある前に、台所から繋がる土間に出現し、存在をアピールしていたからなのだ。

    母しか姿を目にしたことがない白蛇(しろへび)は、真っ赤なまなこを光らせていたという。

    真っ白で、鱗が銀色にテラテラと輝く肢体を見たら、手を合わせずにはいられなかったと、母は言っていた。

    どこから入って来たのかわからず、またどうやって帰って行くのかも、定かではなかった。

    そんな謎めいた白蛇(しろへび)は、祖母である母の母親が他界する前や、母が弟を身ごもった時など、吉凶に関わらず大きな事象の発生時に現れたらしい。

    母が台所に立っていて、ふと土間に視線を向けると、鎮座していたのだそうである。

    黒蛇(くろへび)に関しても、子供達はしょっちゅう見たものの、父親であろう姿をした大蛇は、1度しか私は目にしたことがない。

    そして、恐らく、子供達の中には白蛇(しろへび)も居ただろうが、白蛇(しろへび)の子供を見た者は、誰もいなかった。

    ただ、「屋敷蛇」は幸運をもたらすとされるので、私達家族は、その存在を大切にしていた。

    また、離れを住処としていたからだろう。母屋(おもや)には鼠がよく出たが、離れに鼠の気配はなかった。

    恐らく蛇達(へびたち)が、鼠を捕食していたのだろう。

    このことから、「屋敷蛇」は益獣とされているのである。

    そんな蛇達(へびたち)、特に姿を滅多に見せない一対の白蛇(しろへび)と黒蛇(くろへび)を神として崇め、母は台所の「さんぼさん」と呼ばれる神棚に、いつも鎮火の願いも込めて、朝一番の水道水、榊、塩、そしてお正月には3段のお鏡餅、米、酒、卵を、お供えしていた。

   そうした、蛇神信仰をしながら生活していた私達が、最後に大蛇を見たのは、実家の建て直し前のことだった。

    それは、私が27歳になった年末である。

    母は白蛇(しろへび)を目にし、私は黒蛇(くろへび)を目にした。

    そして新年を迎えると、酔っ払い運転の車が夜中に突っ込み、家は壊されてしまったのである。

    元々、父が実家の建て直しを計画していたから良かったものの、その運転手は任意保険に加入しておらず、全く賠償はされなくて、私達は泣き寝入りをすることになったのだった。

    ただ、ひとつ良かったことは、弟の部屋が大破したのだが、たまたま新年早々、大学の下宿先に戻っていたから、弟は命拾いしたのである。

    これは、「屋敷蛇」のご加護だろうと、私達は言い合って喜んだのだ。

    さて、新築した実家だが、土地は母の物、建物は父の物となり、それ以降、蛇達(へびたち)を1匹たりとも目撃していない。

    悲しいことだが、多分、住処を変えたと思われる。

    裏の竹藪もなくなり、広大な敷地はたくさんの建売住宅で埋め尽くされている。

    もはや、蛇達(へびたち)が住める環境ではなくなったことも、要因のひとつだと考える。

     そんな神に見放された実家は、跡継ぎも居らず、弟は、
    「自分が相続したら、売却して、俺は他所の県に住居を構える」
と、言っている。

    こうして、行く末は実家がなくなるのだろうと感じている。

    虚しいとは思うが、私の生命とて永遠ではなく、実家が存在していたとしても、別れは訪れる。

    蛇神様(へびがみさま)に見放されし土地の辿る運命なのだと、心に涙しながら、思い出だけは永遠なりと、熟考している今日(こんにち)である。