ケンカの相手
「ぷはーっ!今日も一日お疲れ様でした!…って、まだ仕事中の方もいますよね、すみません!笑」
はい、呆録酔語です!
前回は、「なぜ私たちの仕事はこんなにも『しんどい』のか?」という、ちょっと真面目な問いかけをしましたね。真面目すぎて、お酒が少し進んじゃいました(笑)。
さて、お酒を飲むと、普段は言えない本音がポロっと出ちゃうのが人情です。そこで今日は、前回のお話の続き、「しんどさ」を乗り越えるためのヒントを、僕の執筆中の本のテーマを肴に、ゆる〜く語っていきたいと思います!
🧭「不確実性」と「時間の暴政」に向き合う!
僕の本のコンセプトは、「効率化の圧力の中で疲弊する専門職が、その根本原因を理解し、『専門職としての誇り』と『ゆとり』を取り戻すための実践書」というものです。
なんか、「上からのお話し」みたいで、でごめんなさい。もう少しお付き合いくださいね。
この「しんどさ」の大きな原因の一つが、「効率化と時間の暴政」でした。
利用者さんのペースではなく、「限りある時間」に追われ、ベルトコンベアのようにサービスを断片化してしまう。
絶対的な時間に急かされている感。
でも、対人援助の本質って、効率化とは真逆のところにあるんじゃないでしょうか?
1. 効率化と時間の暴政への対抗:内面時間の回復
僕たちが対峙すべき時間は、利用者固有の「リズムや意味に満たされた主観的な時間」のはずです。
「限られた時間で成果を出せ!」というプレッシャーは、外部(制度や効率化社会)からの要請。
それに対抗し、「対話の時間」を取り戻すことで、利用者さんと共に「創造的な支援」を生み出す。
これこそが、僕たちが取り戻すべき「ゆとり」の正体であり、「スローケア」の哲学的スタンスなんです。
2. 「わからなさ」と向き合う姿勢:不確実性の受容
もう一つの「しんどさ」の原因は、「なんでも分からなきゃいけない」というプレッシャーかもしれません。でも、本当にそうでしょうか?
僕たち専門職は、他者を完全に理解することはできません。
大切なのは、その「不確実性」の受容、つまり「わからない」ことを正直に認める知性なんです。
「万能な専門家」という幻想から脱却し、「わからない」「迷っている」といった弱さの開示がもたらす本質的な「強さ」へと転換していく。
この姿勢が、実は倫理的感受性の涵養にも繋がります。正解のない問いに向き合い続ける倫理観が、専門職としての「誇り」を取り戻す鍵になるんです。
🍻 酔いどれアセスメント講座、次回予告!
「不確実性を受け入れる知性」とか、「倫理的感受性の涵養」とか、真面目な話が続いて、少し酔いが冷めてきたかもしれません(笑)。
でも、安心してください!この「わからなさ」を乗り越えるために、僕の拙著では「関係性ダイアグラム」という思考の可視化技術を紹介しています。
次回は、この「関係性ダイアグラム」がどうやって専門職の「思考の足取り」を外部化し、利用者さんの主体的な参加を促すのか、「参加型アセスメント」について語っていきたいと思います!
「呆けてるけど、ちゃんと記録する。酔っ払ってるけど、ちゃんと語る。」がモットーですから、ゆるい口調で真面目な話も続けますよ!
というわけで、今回も最後までありがとうございました!コメントや質問、大歓迎です!一緒に酔っぱらいながら(?)語り合いましょう!
それでは、今日も乾杯!
【ハッシュタグ】
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