「1点足りないので留年です」─女性教員のゼミ生への最終判断は?
大学職員時代、一度だけ教員から深刻な相談を受けたことがある。
相談に来たのは、私より少し若い女性教員だった。
普段は明るい先生なのに、その日は顔色が違った。
「どうしたんだろう……」
直感的に、ただ事ではないと思った。
人目を避けられる場所へ移り、話を聞いた。
・ゼミ生の女子学生がいる。
・成績はどう考えてもF評価。
・ゼミは必修なので、Fなら即留年。
・しかし就職先はすでに決まっている。
「どう評価したらよいか」同僚に相談したところ、こう言われたという。
「目をつぶってCを付けた方がいい。」
理由は単純だった。
留年させれば、
・次年度もその学生の面倒を見なければならない。
・下級生の中に1人残る。ゼミの雰囲気は壊れる。
・学生本人や保護者から抗議を受けるかも。
・恨まれるかもしれない。
それでも先生は言った。
「私は、Cを付けて卒業させるのは違うと思うんです。」
そして私に聞いた。
「どう思いますか?」
私は事務職員だった。
だから最初は、
「厳格に評価すべきです。」
そう答えようと思った。
しかし、その頃。
別の大学では、成績への不満から教員が刃物で襲われる事件が起きていた。
大学教員にはオフィスアワーがある。
つまり、学生と1対1で向き合わなければならない場面がある。
もし、本気で恨まれたら。
もし、トラブルになったら。
私は急に自信がなくなった。
仮に自分が教員だったとして、
合格点60点に対して59点。
そして、いかにも揉めそうな学生だったら。
保護者が反社、弁護士、他大学の教授だったら。。
私は適当な追加課題を出させて、1点を加えて卒業させてしまうかもしれない。
正義を貫く勇気が、本当にあるだろうか。
大学教員の成績評価は、外から見るほど簡単ではない。
学生の人生を左右するので、ストレスがかかる。
特にゼミは違う。
2年間、少人数で向き合った学生達である。
卒業コンパで、
「〇〇ちゃん、留年なんだって?」
「就職も決まってたのにね……」
そんな会話を横で聞きながら酒を飲む。
私には、その覚悟はない。
だから今でも思う。
「1点足りないから留年です。」
その一言を言える教員は、実はそれほど多くないのではないか。AIと人間との違いである。
先生が最終的にどう成績を付けたのか。
Fを付けていたら、その勇気を尊敬する。
Cを付けていたとしても、責める気にはなれない。
その女子学生は誰だったのか。
就職先はどこだったのか。
ポータルサイトを開けばすぐに分かる。
だが、私は調べなかった。
いや、正確には―調べないことにした。
世の中には、知らない方が幸せなことがある。
あの件については、今でも「知らぬが仏」でいいと思っている。
